ヒトサシユビの森
午前2時。
室町は雪乃の病室の前にいた。
灯りの点いた病室のドアをそっと開けると、雪乃のベッドの傍らにかざねがいた。
室町に気づいたかざねは、椅子から立ちあがり、病室を出た。
室町の態度から、いぶきがまだ見つかっていないことは察しがついた。
だが、ずっと病室にいるのが気づまりに感じていたかざねは、気分転換を兼ねて室町と夜間通用口を出た。
「室町さん、タバコは?」
「辞めました」
「あたし・・・」
「いいですよ、つき合います」
石束総合病院には、喫煙できる場所が夜間通用口を出たところにあった。
据置型の灰皿がひとつ置いてある狭いスペースを、フェイクの植栽が取り囲んでいた。
かざねはポーチから使い捨てライターを取りだし、セブンスターに火を点けた。
「かざねさん、お母様のお加減は?」
室町はいぶきの報告の前に、雪乃のことを気遣った。
かざねは、ふうっと煙を吐いて言った。
「お医者さんの話だと、余命三日だって」
「そんな・・・」
「正しくは三日だった、って。あたしたちが来てから、母の容体が良くなったらしいの」
「ご家族の力ね、きっと」
「でも、いつ急変するか、わからないって」
かざねは星空を見あげて、涙がこぼれるのを堪えた。
室町はかざねの気持ちが落ち着くのを待って、ゆっくり切りだした。
「いぶきちゃんね・・・」
かざねは、慌てた様子で室町の言葉を遮った。
「ごめんなさいね。あの子、最近あたしの言うことも聞かなくなって・・・」
「心配しないで、って言っても無理かもしれないけど、石束署が総動員で探してるから」
「ありがとうございます」
かざねは短くなったタバコを、据置型の灰皿の土手に押しつけた。
室町は話を続けた。
「道の駅の中は調べ尽くして、いま範囲を広げて捜してる。とりあえず電車に乗ってないことは確かめた」
「あの子、田舎で育ったから、何を見ても興味を示すの」
「石束も田舎よ。駅前の街並を外れたら、もう田んぼだらけ」
かざねは力なく笑った。
室町はかざねの目を見て、強く言った。
「だから、信じて。あした朝になったら、いぶきちゃん必ず見つける」
かざねは二本目のセブンスターを取りだして、夜空を見あげた。
星が瞬く夜空に、ひと際眩く光る星があった。
その星は、白銀に輝く尾を引いて流れ、西の山の尾根に消えた。
西の空に消えた流れ星を、いぶきも見ていた。
いぶきは田畑と畦道の境に建てられた地蔵様の隣に座って、夜空を見あげていた。
風船の紐を片手で握ったまま、流れ星の白銀の軌跡を指さした。
いぶきに呼応するかのように、風船が左右にゆったり揺れた。
いぶきはおもむろに立ちあがった。
「うん」と頷き、自分が指さした方角へ歩きだした。
その方角とは、稲荷山とその向こうに連なる天狗岳であった。



