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ヒトサシユビの森

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坂口建設の広い敷地から出ていく一台のトラックが、ゲートで一旦停止した。
トラックの窓から運転手が顔を出して、亮太に言った。
「きょうぐらい、早く帰れよ」
「いや、その・・・」
「ご苦労さん」
亮太の残業を労って、運転手はトラックのハンドルを切った。
トラックを見送った亮太は、職場に戻った。
車両の整備工場である。
黒板に貼られたメモには、工作機械や運搬車両の不具合が手書きで記されていた。
亮太は、メモの一枚を剥がしてゴミ箱に捨てた。
黒板を眺め直して、亮太は溜息をついた。
倉庫に打ち捨てられたような運搬用トラックを眺めていると、ゲートのほうから人の話し声が近づいてきた。
玉井と茂木であった。
ふたりは話しながら、猟友会事務所のある建物に向かっていた。
「ウルトラマンだぜ、ウルトラマン」
「なんで、急に」
「さあ、あとで健ちゃんに訊いてみるわ」
玉井と茂木は、亮太の存在に気づいていないようであった。
そのまま、プレハブの階段をのぼり、猟友会事務所の扉を開いた。
亮太はふたりが扉の向こうに消えるを見届け、
”道の駅の完成を祝う遊び仲間の集まりなんだろう”
と仕事に戻った。
ジャッキアップされた荷台の下に潜りこむ。
ヘルメットに巻いたライトをオンにすると、キズだらけのシャーシが浮かびあがった。
亮太はレンチでシャーシを叩いた。
歪みのある金属音がした。
「ああ、これは無理だわ。重機積んだら確実に事故る」
亮太はシャーシ以外に損傷個所はないかと、ライトを回した。
プレハブの階段を降りる重たい音がした。
亮太はトラックの下から顔だけ出してみた。
階段を降りてきたのは坂口だった。
坂口はゲートのほうに歩いていった。
”専務に報告しとかないと”
亮太は、上半身をトラックの下から抜き、坂口のほうを見た。
坂口は、ゲートの前に立って、男を出迎えている様子だった。
坂口に出迎えらえた男は、ベースボールキャップを被りサングラスをかけマスクをしていた。
さらに、ロングコートの襟を立て、身元を隠す目的は達していた。
しかし、亮太にはその男がすぐに坂口の親友・蛭間健市だとわかった。
「聡と慎平はもう来てるよ」
「そうか・・・」
「ところで健市さ、なんで急にウルトラマンなんて言いだしたんだ?」
「聞こえたろ? あのガキが叫んだの」
「あのガキが言ったのか」
「わりと大きな声だったぞ」
「全然聞こえんかったわ」
「そうか・・・。俺だけか、聴こえたのは・・・」
坂口と健市はプレハブの階段をのぼり、猟友会事務所に入っていった。
亮太はふたりの会話にぼんやり聞き入っていたため、つい坂口に報告する機会を逃してしまった。
道の駅開業を祝う仲間うちの飲み会だとしたら、中途で仕事の話をしに行っても怒られないだろう。
亮太はそう考えながら、工具を整理した。
今夜はもうできることはないと、亮太は整備工場を離れた。
作業着のまま、猟友会事務所の階段をのぼった。
階段をのぼる途中、事務所の薄い壁から話し声が聞こえた。
「なんでかざねがこの町にいるんだ?」
亮太はふと立ち止まった。
かざねというワードが耳に入ったからだ。
なんで、かざねの話をしているのか、気になった。
亮太は、耳を欹てた。
「彼女の母親がうちの病院に入院している。かなり危険な状態で」
かろうじて聞き取れる声だった。
坂口の友人関係に医者の仲間がいることを、亮太は知っていた。
入院設備がある病院は、石束では新設された石束総合病院だけだ。
かざねは入院している母親を看取るために、石束に帰郷したのか。
母親が危険な状態であると聞いて、亮太はかざねの心境を慮った。
階段をのぼる途中で固まっていると、話題がいぶきに移った。
「あのガキ・・・」
「だから他人の空似だって」
「かざねも、ほら、いぶきって名で呼んでたし」
「さちやって子はもう死んでるよ、健ちゃん」
「でも、ま、確かに似てた・・・」
「もし仮に、生きていたとしたら、もう10歳か11歳。あんな小さいはずがない」
いぶきという名前に響くものはなかった。
だが、さちやという名は、亮太の心の片隅に息づいていた。
この4人はなぜいまさら、さちやのことを話題にするのか。
亮太は猟友会事務所から聴こえる音に、さらに耳を傾けた。
「成長が止まることだってあるだろ」
「例外中の例外です、科学的にいって」
「息の根を止めておくべきだった。迂闊だった」
「おい、健市」
「あのガキ、俺を指さしたんだぜ。大衆の面前で。あいつ、笑ってなかった」
「考えすぎだって、健市」
しばらく、会話の間が空いた。
亮太は耳から入る断片的な情報を整理するのに、頭が追いつかなかった。
ただ悪い予感だけはあった。
「あの日、俺たち4人で土をかけたろ。健市が掘った穴に」
「死んだことを確かめてない」
坂口と健市のやり取りに、亮太は思わず身を縮めた。
そのとき亮太が腰からさげているカラビナが、階段の手すりに触れた。
弱い金属音だった。
だがしかし、猟友会事務所の扉の内カギが外れる音がして、扉が開いた。
坂口が扉の前に歩みでて、周囲を見回した。
階段の下を入念にチェックした。
妖しい人影はなかった。
坂口は事務所に戻り、扉を閉めた。
亮太は階段の裏にしがみついていた。
息を殺し、気配を消して昆虫のように貼りついた。
坂口が事務所に戻ったのを確かめて、亮太はそろりと地面に足を降ろした。
膝と手が、小刻みに震えた。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん