ヒトサシユビの森
道の駅ではパーキングの半分を使って、落成式会場が出来上がっていた。
イベント会社が早朝から準備したものである。
ステージの中央に演台が設けられ、演台の後方左右に来賓用の椅子が並べられた。
催事用のテントが会場の両サイドに幾つか立てられ、関係者や招待者らが陣取った。
石束町長をはじめ、助役、町会議員、商工会の会頭、ひいては県庁の重役らがステージの来賓席に着席した。
来賓客らに頭を下げながら、その末席に着いたのは、健市だった。
落成式会場を広く占めるのは、パーキングにパイプ椅子を等間隔に並べた観覧席であった。
ステージを起点として、何本かの通路を確保しつつ、扇状に整えられた。
観覧席は開場と同時に、健市の熱心な支援者たちや、道の駅開業を待ちわびた一般市民で瞬く間に埋まった。
席の設置が途切れた後方も、立見の一般市民が幾重にも取り巻きつつあった。
後方の一画には、地元テレビ局や地方新聞社などメディア専用ブースが設けられていた。
テレビカメラや一眼レフカメラの放列が見られた。
ステージと観覧席の間に作られたスペースを使って、地元の伝統芸能である和太鼓の演奏が行われた。
子どもたちの威勢の良い掛け声と、地鳴りのような和太鼓の響きは、式典を盛りあげた。
和太鼓の演奏が終わると、ステージの来賓客らは演者たちに惜しみない拍手を送った。
拍手はテント席からも送られた。
テント席では、坂口建設の社長と並んで、坂口大輔が座ったまま拍手をした。
玉井聡は、観覧席の最前列だ。
玉井も演奏者たちが退場するまで、拍手を送った。
しばらくして、スピーカーから女性のよく通る声が流れた。
「それでは、石束町議会を代表して、蛭間健市町議にご登壇いただきましょう」
司会者の紹介を受けて、健市は再び来賓者らに礼をしながら、演台に立った。
健市は演台から、満席の会場を見渡した。
向けられたカメラレンズに手を挙げて応える。
最前列の玉井にもレスを送る。
遅れてきた茂木が、玉井の隣に掛けた。
テント席にいる坂口の姿も、健市は演台から確認した。
健市はマイクに向かって言った。
「皆さん、石束みちの駅が完成しました。おめでとうございます」
会場を埋め尽くした健市の支援者や一般市民から、盛大な拍手が沸き起った。
健市は満足げな笑みを浮かべ、続けた。
「昨年末には、駅の北側に石束総合病院もできました。皆さん、行かれましたか。綺麗な病院でしょ」
会場から笑いが起きる。
× × × × × × ×
道の駅に詰めかけた人々が、道の駅外周の歩道まで溢れていた。
入口の立つ警備員が、入場の制限を呼びかけるほどである。
かざねは混雑する人々の間を縫うように進み、道の駅に足を踏み入れた。
女性司会者のアナウンスが、落成式会場から四方に流れる。
人混みをいったん離れて、かざねは静かな場所から江守に電話した。
「かざねです。いま道の駅に着きました。いぶきは一緒ですか」
「一緒にいますよ。お店を見て回ったんですけど、まだ開いてなくて。それでちょっとグズッてるところ」
「江守さん、いまどちらに?」
「白いテント、見えますか」
かざねは爪先立って、落成式会場を眺めた。
「はい、見えました」
「その端、水銀灯が立っているところにいます。あっ、いぶきちゃん」
「どうしました?」
”ちょっと待って”という江守の声が聞こえて、電話が切れた。
かざねは落成式会場のテントに向かった。
会場に近づくほど、人の数が増した。
ロープやバリケードなどの仕切りもあって、思うように歩けない。
人垣を分けて進むしかなかった。
江守との通話は途切れたままだった。



