ヒトサシユビの森
背もたれを倒したジープの運転席で、かざねは目覚めた。
浅い夢は瞬時に消えた。
助手席にいぶきがいない。
寝入る前のことを思いだした。
江守が、道の駅にいぶきを連れていくと言っていた。
アドバルーンが浮かぶ真下が道の駅なら、歩いて行ける。
かざねはジープを降りて、徒歩で駐車場を出た。
鉄道の踏切を渡り、石束駅のロータリーを横切る。
県道に面した横断歩道で、幾人かの歩行者と一緒に信号が変わるのを待つ。
長い信号に焦れてかざねが足を細かく動かしていると、一台の軽トラックが交差点を曲がってかざねのすぐに横に停車した。
運転者が、窓から顔を突きだした。
「もしかして、かざね?」
不意に名前を呼ばれたかざねは、軽トラック運転手を見据えた。
日焼けした建設作業員の風体だった。
頬骨の張りと涙袋のある大きな目元から、かざねはそれがすぐに山本亮太だとわかった。
声のトーンが亮太のままだった。
と同時にさまざまな記憶が、かざねの頭の中を駆けめぐった。
亮太は後続車のクラクションや警察官の誘導を無視して、車を停止線に止めたまま、続けた。
「かざねだろ。かざね、帰ってたのか」
かざねは信号機のシグナルを見つめたまま黙っていた。
亮太の顔を見たとき、封印したはずの6年前の記憶がフラッシュバックした。
遠くまで広がる田園風景。
以前はこの交差点から遠くまで広がる田園風景が一望できた。
高校生だった頃は、亮太のバイクの後ろに乗って、よくツーリングした。
でもさちやが産まれて、亮太とも疎遠になった。
さちやのことで亮太に呼び出されて、玉井商店の駐車場で口論になった。
その後、さちやに災難が降りかかった。
そして、私は逮捕された・・・。
「俺、今、坂口さんのところで働いてる」
「ごめんね亮太。今急いでるから」
かざねは信号が変わるのと同時に、横断歩道を駆け抜けた。
亮太はかざねの後ろ姿をルームミラーで追いながら、淋しい気持ちでエンジンを空吹かしした。



