小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ヒトサシユビの森

INDEX|4ページ/86ページ|

次のページ前のページ
 


黒塗りの高級車が、国道沿いの雑居ビルの前で停まった。
車から白髪のスーツ姿の男が降りた。
70歳がらみの恰幅の良い老輩である。
「島貫幹事長。きょうはわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
県議会議員の蛭間皓三郎が島貫に深く頭を下げた。
「息子さんに会いにきたよ、蛭間くん」
蛭間健市の選挙ポスターが複数枚貼られた入口の前で、皓三郎と島貫は短い会話を交わした。
皓三郎が事務所内のほうに手首を動かすと、光沢のあるスーツを着こなした健市が入口に現れた。
きりっとした表情を島貫に向け、健市は皓三郎の横に並び立った。
「君が健市くんか。若いな。歳はいくつだ」
「島貫幹事長、お目にかかれて光栄です。今年で26歳になりました」
健市は緊張を隠すように笑みを作った。
皓三郎は、健市の肩に手を置き、
「若輩者のひよっこですが、よろしくお願いします」
「お父上の秘書をやっていたそうだね」
「はい」
「若き政界のプリンス誕生かな」
「僕はまだ早いかなと思っていたのですが・・・」
”石束町町議会議員候補 蛭間健市”のポスターを皓三郎と健市がほぼ同時に振り返った。
「こんな田舎町の町議選で、早々に正式な公認を頂けるとなれば」
「しかもわざわざ幹事長が直々に。本当にありがとうございます」
蛭間健市事務所は、地元の熱心な支援者で賑わっていた。
島貫が事務所に足を踏み入れると、健市の支援者から大きな拍手が沸いた。
党総裁である内閣総理大臣の署名の入った為書きが壁に貼りだされた。
壇上に立ち、島貫が当選祈願を笑いを交えて述べる。
島貫の軽口すら神妙な面持ちで聞き入っていた健市の携帯電話が、ポケットの中で振動した。
健市は、俯き加減で聴衆に背中を向け、スーツのポケットから携帯電話をほんの少し持ち上げた。
玉井聡からのメール着信だった。
メールの中身を見ることなく健市は、支持者たちのほうに向き直って笑みを浮かべた。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん