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ヒトサシユビの森

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"いしづか道の駅”と記された巨大な看板がクレーンで吊りあげられた。
5メートル高の鉄柱の下で、坂口は工事の差配を振っていた。
2年の工事期間を経て、いしづか道の駅は完成の日を迎えた。
町議会の誘致決定から5年。
石束の活性化を選挙の公約に掲げていた健市の熱意が、ようやく実った形だ。
道の駅は、全国に1000か所以上ある。
近接地に既存の施設がある場合、道の駅の新設は認められない。
隣の神室市に道の駅設置構想があると知った健市は、神室市に先んじる必要があった。
健市は神室市の誘致を阻止し、国土交通省の認可を得るためにあらゆる手を使った。
元国交省大臣の孫娘に接近したのも、手段のひとつだった。
かくして健市の野望の第一段階は達成された。
JR石束駅前から徒歩圏内の幹線道路沿いの広い土地。
そこに、道の駅は建設された。
城郭と武家屋敷をイメージした建物は、過疎の町に異空間を創造した。
石束の新しい町のシンボルになるだろうと、誰もが完成を待ち望んだ。
工事を請け負ったのは、坂口が勤務する地元の坂口建設。
入札により、石束町の公益事業と商業施設建築を一手に請け負った。
坂口は社長の次男で、現在会社の専務を務めている。
道の駅建設にあたってはプロジェクトリーダーである。
「おい、亮太。なんでそんなとこに合板積んであるんだ。もう使わねえならとっととかたしとけって、言ったろ」
坂口土建は3年前の入札で受注を勝ちとった際、事業の規模を見据えて大量に人足を確保した。
そのなかに山本亮太もいた。
当時無職だった亮太に、坂口が直接声をかけて引き入れた。
「職人さん帰っちゃって、使うのか使わないのかわからなくて・・・」
「使わねえよ」
「はい、すぐ片付けます」
亮太は上背には恵まれているが非力だった。
とくに土木建築の技能があるわけでもなく、3年経ってもまだ現場では使い走りに過ぎなかった。
ガソリンスタンドでの経験を見込まれて、日頃は車両の点検や簡単な修理をすることが多い。
「おい、そこのインターロッキングまだ直らないのか。時間がないぞ」
”いしづか道の駅”の落成式を数時間後に控えて、坂口は下請け業者に直接指示を飛ばしていた。
道の駅の設置は、高速道路のサービスエリア同様、車を利用する者たちの休憩場所というのが主な目的である。
トイレ、レストラン、菓子飲料販売などは全国共通に設けられている。
加えて近年は、差別化を図るため自治体独自のカラーを打ちだすのが主流だ。
しかし観光資源に乏しい田舎町の石束に、域外からの観光客や旅行者を呼び寄せるほどの魅力はなかった。
そこで健市は建物の外観に集客力を求めた。
天守閣をイメージした商業棟と、武家屋敷を模した施設棟。
映える建物で話題性とSNSでの拡散を期待した。
だが施工者には不慣れな建築手順と特異な建材が絡みあって、予定より工期がずれこんだ。
落成式の朝になって、ようやく完成の日の目を見た。
道路に面した鉄柱に看板が取り付けられると、工事業者や関係者などから拍手が起こった。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん