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ヒトサシユビの森

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助手席でいぶきが、膝の上に載せたリュックの手を入れて探しものをしている。
リュックの中身をぶちまけそうな勢いだ。
かざねはジープを運転しながら、いぶきを横目で見た。
「何、探してるの、いぶき」
いぶきは返事をしなかった。
リュックの中からバルタン星人を取りだしてかざねに見せた。
「あ、ウルトラマンね。入ってない?」
「ウーターマン、ウーターマン」
いぶきは手をばたつかせて騒ぎだした。
「ほんとに入ってない? ちょっと待って。ママが一緒に探してあげるから」
かざねはサービスエリアにハンドルを切った。
深夜の駐車場の隅にジープを停めた。
車を降りて、運転席のシートの上にいぶきのリュックの中身を広げた。
ウルトラマンは入ってなかった。
「しまった」
とかざねは呟いた。
気が焦って急いで支度をしたからか、いぶきの大事なものを入れ忘れたようだ。
いぶきは執拗に「ウーターマン」を連呼する。
「ごめんね。ママ、入れ忘れたみたい」
「取りに帰れば。取りに帰ろうよ」
「いぶき、ママ、急いでるの。取りに帰れない」
いぶきの目に涙が溢れた。
サービスエリアの駐車場にいぶきの泣き声が響いた。
入線してきた長距離トラックの運転手がその声を聞いて、眉をひそめた。
「向こうに着いたら、新しいウルトラマン、買ってあげる」
ぐずるいぶきをなんとかなだめた。
サービスエリアを出て、ジープは再び夜の高速道路を走り続けた。
目的地である石束の最寄りの降り口は、神室出口。
その降り口は、石束町に隣接する神室市にある。
神室出口を降りて下道を走る。
石束の町へ向かうには、どうしても通らなければならない道があった。
峠を越えて、トンネルを抜けると出くわす、笹良川河岸の県道だ。
星々の煌めきは薄れ、東の空が白み始めていた。
ヘッドライトを消した。
車道の白線やガードレールがはっきり見える。
笹良川の水面も。
ひとり石束を離れて、過去をリセットしたつもりだった。
いぶきという新たな生命を授かった後は、さちやのことは記憶に鍵をかけ封印していた。
しかし笹良川の流れが、かざねに否応なく過去の出来事を思い起こさせた。
ポツンと突っ立つ信号機が見えてきた。
点滅している。黄色だ。
赤信号がフラッシュバックした。
停まってはいけない。
アクセルペダルを踏みこもうとしたが、思い留まった。
逆にブレーキペダルを踏み、ジープを減速させた。
ガードレールの支柱に、小さな花束が供えるように置かれているのに気づいたからだ。
かざねは花束の近くの路肩に車を停めた。
誰のために供えられた花だろうか、と気になったかざねだが、車から降りることはしなかった。
いぶきの右手をしっかり握り、車の窓から花を眺めた。
そして笹良川の川面に、さちやの面影を追った。
ぎゅっと握ったいぶきの手が、かざねの指からするりと離れた。
振り返ると、いぶきは川のほうではなく、山側を車の窓に顔を近づけて見つめていた。
岩肌と草木が生い茂る傾斜した壁。
稲山神社参詣道の古い石柱と、山中に続く石段がかろうじて視界に入る。
いぶきが興味を示すようなものは何ひとつない。
だが、明け方の空にぼんやり佇む稲荷山に、いぶきは吸い寄せられるように見入っていた。
かざねがジープを発進させても、いぶきの視線が稲荷山から離れることはなかった。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん