小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ヒトサシユビの森

INDEX|30ページ/86ページ|

次のページ前のページ
 


「バカ! どうして避妊しなかったの?」
開店前の薄暗いラウンジに、ママの怒声が響き渡った。
かざねは身ごもったことをママに報告しに来ていた。
「それで、堕ろすの?」
かざねは首を横に振った。
「じゃあ、産むの? 相手、学生さんでしょ。どうすんの?」
答えに窮して、かざねは黙りこんでしまった。
「そういうとこだよ」
憤慨しながらママは、冷蔵庫から缶ビールを2本出した。
「私の若い頃にそっくり」
プルトップから豪快にしぶきを飛ばし、グラスに注ぐ。
ビールの泡がグラスの縁からこぼれた。
「ママにお願いがあります」
「何?」
「あたしが妊娠したこと、彼には黙っていてほしんです」
「そんなこと言われても」
「前にママに、最初の子どものこと話したことがあったでしょう」
「行方不明でまだ見つかってない子ね」
「世間ではもう死んだものと思われてる。でも、あたしの心の中ではまだあの子は生きている」
かざねはママからビアグラスを受けとって、続けた。
「もし、お腹の中の子を堕ろしてしまえば、心の中にいるさちやも、一緒に消えてしまいそうで・・・」
「まりやの気持ち、わからないでもないよ。でも、不幸になりにいくだけだよ。いいの?」
ママは、かざねの手の甲に指を重ねた。
「不幸には慣れっこだから・・・」
かざねは悲しげな笑顔を作った。
若い女性のそんな笑顔を、いったい何度も見てきただろうか。
ママは過去を振り返って憂鬱になった。
ビールをひと口あおって、愚痴っぽく吐きすてた。
「どうして男って仕事で一緒になったモデルを食っちまうんだろうね。そんな決まりでもあるんか」

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん