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ヒトサシユビの森

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その後、駿河は水上を連れて何度もラウンジを訪れた。
その都度、接客をするのはかざねであった。
その夜もかざねは、ボックス席でふたりに水割りを作った。
駿河は、氷をマドラーでかき混ぜるかざねの横顔を暫し見て言った。
「お美しいお顔立ちだが、異国の血が混じっておるのかな」
「先生・・・」
顔をあげたかざねを見ながら、水上が駿河をたしなめた。
「褒めておるのだ。いいじゃないか、酒の席だ」
「まりやさん・・・」
かざねは儚げな笑み浮かべるだけだった。
ハーフであれクォーターであれ、出自がわかっていれば悪い印象を与えるものではない。
ただ、かざねは、父親が誰かを知らなかった。
駿河は水割りを口に含んで、話題を変えた。
「ところで水上くん。君の描く風景画は素晴らしい。だがそろそろ人物画に挑戦してみてはどうかな」
「人物画ですか・・・」
「もちろん、デッサンや水彩の習作は知っている。油絵で本格的に、という意味だ」
「まだ、早すぎるんじゃないかと・・・」
水上は自身が描く風景画にも静物画にも満足がいっていなかった。
個性の発現が足りない、と暗に駿河からの指摘を度々受けていた。
駿河の提案は、水上にとって予想外なものだった。
「人生は短い。時間は有限だ。早いに越したことはない」
ぐいっと水割りを飲み干して、駿河はグラスをテーブルに置いた。
水上は、駿河の意図を汲みかねた。
人物画には人物画の奥深さがある。
それと向き合う心づもりが、水上にまだできていなかった。
「うってつけのモデルさんがいるじゃないか」
駿河は空になったグラスを、そっとかざねのほうに寄せた。
俯いてふたりの会話をBGMのように聞き流していたかざねだったが、ふと顔をあげたとき、駿河と目が合った。
駿河の目が笑っていた。
かざねは、不意に降りかかってきた火の粉に戸惑った。
水上も思考回路が空回りした。
「まりやさん、ですか・・・」
駿河がカウンターに立つママを振り返って
「ママ、まりやさんを絵のモデルにと考えてるのだが、どうかな」
店中に響く太い声で問うた。
ママは、モデルと聞いて面喰ったが、グラスを洗う手を止めて答えた。
「まりやがかまわないって言うんなら、いいんじゃない」
「ママからのお許しももらえたぞ」
駿河は、かざねと水上からの良い返事を待った。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん