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ヒトサシユビの森

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この一件はその後も”疑惑の母親”として新聞の見出しになり、テレビのワイドショーでも取り上げられた。
洋館の周りを記者たちが張りこみ、盗撮まがいにカメラのレンズを窓や戸口に向ける者もいた。
SNSでは、かざねが雪乃に泣きつくシーンが切り取られ、狡猾な演技などと厳しいコメントがついた。
警察署から戻ったかざねは、家から一歩も出ることができなかった。
かざねを責める匿名の電話やイタズラ電話が頻繁にかかってきた。
剃刀やロープが入った封筒も何通か送られてきた。
酷いときには玄関先に”殺人鬼”と赤文字で書かれた貼り紙が貼られることもあった。
二週間経過しても、さちやは発見されなかった。
さちやの捜索が正式に打ち切られたという連絡が室町からかざねあったのは、それから間もなくのことだった。
パーカーに残留していた微量の血液が、さちやの血液型と一致したいう、短い説明を添えられただけだった。
事件当夜、何者かがさちやを拉致して連れ去ったに違いない。
かざねがそう訴えても、聞く耳を持つ者はいなかった。
外界との接触を断ち、かざねは家に引きこもった。
雪乃はそんなかざねを不憫に思いつつも、家を空けることが多かった。
収入の柱である占いの仕事を辞めるわけにはいかなかった。
かざねはひとり、広い屋敷で無力感に苛まれていた。
被害者であるにも関わらず、罪人同様の扱いを受け続けている。
憎悪に満ちた石束の町に居ることに、かざねは耐えられなかった。
雪乃に負担をかけることも心苦しかった。
還暦を過ぎてもなお、雪乃のバイタリティは衰えを知らない。
私がいてもいなくても、雪乃はマイペースで暮らしていくだろう。
雪乃が一番可愛がっていたさちやは、もういない。
雪乃の酒癖は気がかりだったが、かざねは石束の地を離れる決心をした。
冬の足音が近づく朝早く。
キャリーバッグを引くかざねの姿が、JR石束駅の改札口へ続く階段下にあった。
冷たい手を息で温めて、かざねは財布の中から室町の名刺を探した。
電話をかけることに躊躇し、代わりに室町にショートメッセージを送ることにした。
”石束を離れます。落ち着いたら連絡先をお知らせします。
 母がご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします”
打ち終えたかざねは、ふっと溜息をついた。
キャリーバッグを抱えて階段を一段づつのぼる。
立ち止まって返り見た石束の街並は、いつもと変わらぬ一日が始まろうとしていた。
何も良いことがなかった青春時代。
さちやの面影が宿る町。
もう二度と戻ることはないだろう。
心の中でそう呟くと、かざねは最後の段をのぼりきった。
「かざね」
と呼ぶ声が聞こえた。
駅前を見おろしたが、早朝の駅前には誰もいない。
罵詈雑言を聴きすぎたせいの幻聴か。
かざねは改札を抜け、東京行きの始発電車が来るのをホームで待った。
石束駅前。
電柱の陰に佇むひとりの男がいた。
男はかざねが階段をのぼり、改札に消えるまで、隠れて見つめていた。
かざねを乗せた始発列車が見えなくなるまで見送ったのは、山本亮太だった。



作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん