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ヒトサシユビの森

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所定の手続きを経て、かざねは拘留を解かれた。
江守に付き添われて、石束警察署の廊下を玄関に向かって歩く。
「溝端さん。裏口から出ることもできますよ」
「はい。いいえ、正面玄関から出て行きます」
玄関に出ると、人だかりができていた。
新聞各社、テレビ各局、ゴシップ雑誌媒体。
各メディアがカメラの放列を作っていた。
マスコミ関係者に混じって、様々な年齢層の一般市民の姿も数多見られた。
町の人々の顔に、かざねの釈放を喜ぶ明るさは微塵もない。
子殺し。
本来ならば重罪に処されるべき所業。
なのに罪に問われることなく釈放されたことに、一部の市民らは怒りを感じていた。
一段高くなった玄関先にかざねが現れた。
シャッター音とともに、眩いフラッシュが一斉にかざねの表情を映しだした。
かざねが目を細めた視線の先に、母・雪乃が立っていた。
髪を束ね眉を整え、普段とは違うよそ行きの身なりであった。
かざねはいますぐ、雪乃のもとに駆けて行きたかった。
しかし過酷な取り調べが続いた三日間で、かざねの過労はピークに達していた。
「溝端かざねさん、いまのお気持ちを教えてください」
記者のひとりが、大きな声で質問し、かざねにマイクを向けた。
かざねが答えずに、江守の手を借りて段を降りようとすると
「かざねさん、警察では本当のことを話されたんですか」
と別の質問が、違う記者から飛ぶ。
かざねの進路を阻むように取り囲む記者たち。
彼らは矢継ぎ早に質問を、かざねに浴びせた。
江守が記者たちに道を開けるよう要求するが、記者たちは聞く耳を持たない。
「あなた、息子さんを殺しましたよね」
雑誌記者が悪意に満ちた質問をかざねに投げかけた。
そのとき
「あんたら、ええ加減にしときや」
えせ関西弁で、記者の人垣を掻き分ける者がいた。
雪乃であった。
「この子が人を殺すわけないやろ。あほんだら」
雪乃は警察から事件のあらましを聞いており、釈放の報せも受けていた。
かざねが拘留されている間、雪乃は何度も石束署を訪れた。
だが、かざねとの面会は叶わなかった。
江守の肩を支えに立つかざねと、雪乃は正対した。
「母さん・・・」
「かざね。なんでこうなった?」
「母さん。ごめんね。さちやが・・・。さちやが・・・」
かざねは雪乃の胸に顔を埋めて泣いた。
雪乃はかざねの頭を撫でながら
「さちやは死んでない、さちやは生きてる、きっと見つかる」
慰めの言葉を呟いた。
ハンカチで涙を抑えながら、雪乃とかざねは記者たちの人垣から出た。
町民たちの煮えたぎるような疑いの眼差しが突き刺さる。
「人殺し」
という囁きがどこからともなく聴こえてくる。
犯罪が起きたことは、石束の町では既成事実になっていた。
そしてその当事者が、溝端かざねだ。
雪乃に腕を抱えられて、かざねは歩を進めた。
すると、民衆の群れから青年がひとり、かざねたちの前ににじり寄った。
亮太であった。
亮太はかざねの顔をじっと見て言った。
「かざね、信じていいんだよな。お前、やってないよな」
不安げな顔で訊いてくる。
そんな亮太に、かざねは心を折られた。
一時期ではあるが、石束で一番近くにいてくれた男。
その男からも疑われている。
他人を信じやすい底の浅いところがこの男の魅力であったが、今はそれが憎らしい。
この町で自分を信じてくれる人は、唯一の身内だけか。
かざねは雪乃に介助されながら、パジェロの助手席に乗りこんだ。
運転席に雪乃が回りこむと、江守が声をかけてきた。
「雪乃さん」
雪乃は大きく口を開いて、江守に息を吐いた。
「飲んでませんから。一滴も」
パジェロが弧を描きながらバックした。
怒りの収まらぬ群衆が、車を避けながら
「この町から出ていけ」
と罵声を浴びせる。
エンジンを唸らせて警察署から立ち去るパジェロのリアウインドウに、生玉子が投げつけられた。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん