ヒトサシユビの森
”母親に逮捕状”
かざねに関する一件が夕刊紙の一面を飾った。
これまで慎重を期して報道を控えてきた新聞・テレビなどのメディアが一斉に報じ始めた。
テーブルを囲んで、健市、坂口、玉井、茂木の四人が酒を酌み交わしていた。
ロードサイドの割烹居酒屋の個室である。
茂木はノンアルコールだ。
「さすが、健市先生」
テーブルの上に夕刊紙が置かれていた。
「ここが良くないと、ここまで仕組めんわ」
坂口はこめかみを突いた。
「お前らのおかげだ。お前らの助けがなかったらできなかった」
「えっ、俺たち、何かしたか」
「いいや」
「何もしてません」
「健市の実力だ」
坂口らは笑い合った。
「すまんな。きょうは俺のおごりだ。好きなものを・・・」
「ダメダメ、きょうは健市の当選祝いだから。きょうは大輔のおごり。な、大輔」
「えっ、俺?」
「だって、健市が町議になって一番得するの、大輔、お前んとこの会社だろ」
「んな。言うても微々たるもんだぞ」
「大輔の言う微々たるもんと、僕たちの言う微々たるは、相当差があるからね」
「そういう慎平はどうすんだ。総合病院ができたら、大学病院辞めて帰ってくるんだろ」
「先の話じゃん」
「慎平、石束総合病院ができたら、然るべき役職は用意しておくよ」
「健市・・・」
「いいなぁ。俺ひとり、蚊帳の外」
玉井が拗ねていると、坂口がセカンドバッグの中から図面を取りだして夕刊紙の上に広げた。
「お前んとこの駐車場と、隣の田んぼ。合わせて再開発する」
「えっ、初耳」
「駐車場は借地権でも買い取りでもどちらでも対応する」
健市が玉井の肩を叩いた。
「聡、でかい金、入るぞ」
「待って。どうして、今まで黙ってたの?」
「それは、俺が親父の秘書だったから目立ちたくなかった。大輔に根回ししてもらってた」
「聡、もしお前に話したら、すぐ他人に漏らすだろ」
「でもさ、駐車場を売るって。そしたら、親父の店がなくなるじゃん」
「道の駅の誘致を考えてる」
「道の駅?」
「すごいじゃん」
「道の駅ができたら、聡、親父さんには引退してもらって、お前がそこで玉井商店を継げばいい」
「そんな、夢のような話・・・」
「それもこれも、健市先生のおかげ。健市に感謝だ」
「ありがとうな、健市」
「いやいや、それは俺のほうだ。大輔、聡、それに慎平。皆に感謝してる」
健市が、暗にさちやの件を匂わせていることを坂口は察した。
「水臭せえぞ、健市。俺たちは仲間だ」
「感謝してる、と言っておいて何だけど」
「何?」
「まだ、終わってない」
「何が?」
「溝端かざね」
「かざね、刑務所行き確定なんだろ?」



