ヒトサシユビの森
笹良川の捜索初日には成果がなかった。
初日に早速、さちやの匂いを記憶した2頭の警察犬が放たれた。
しかし広範囲い動くことなく、2頭に警察犬は道路の真ん中ですぐに動きを止めた。
そこでさちやの匂いが途切れたようである。
警察犬が立ち止まった場所とは、レッドキングが落ちていた道路であった。
2日目の捜索で動きがあった。
笹良橋の下流1キロのところで、子ども用のパーカーが発見された。
水面から突出した岩場に引っかかっていた。
5歳〜6歳用。
特徴のないデザインで、ブランド名もない中国製である。
さちやにはやや大きめではあるが、それも含めてさちやの失踪時の着衣と合致していた。
パーカーの画像は、江守にタブレットを介して、かざねに共有された。
現物を確かめるため、かざねは笹良橋に向かった。
かざねが現場に向かっている間に、もうひとつ発見があった。
ダイバーが川底で、子ども用のスニーカーの片方を見つけたのである。
橋の袂にブルーシートが敷かれ、その上にパーカーと片方だけのスニーカーが並べられた。
現場に到着したかざねは、それらを見て、膝から崩れ落ちた。
スニーカーに触れ、涙を堪えた。
パーカーを握りしめ、堪えきれず涙をこぼした。
人目を憚らず、かざねは声をあげて泣いた。
× × × × × × ×
「蛭間、蛭間健市が最後のお願いにやってまいりました」
選挙カーのスピーカーから軽やかなウグイス嬢の声が発せられる。
その声は山間にこだまを響かせながら、笹良橋へと近づいていた。
笹良橋付近では、警察による道路規制が敷かれていた。
上りと下りの車を交互に通行させる片側規制だ。
安田が、規制線の手前で誘導棒を持って立っていた。
選挙カーはスピーカーの音量を下げて、安田に並ぶように停車した。
車の窓から健市が顔を覗かせて、安田に尋ねた。
「何か、あったんですか」
「いや、その・・・」
「あの、あそこにいる女の人は?」
健市は橋の袂でしゃがみこむかざねを小さく指さした。
「この後、警察発表がありますので、詳しくはそちらを・・・」
「そうですか」
と言って顔を引っこめた健市だが、再び顔を安田に突きだした。
「お巡りさん、もう選挙行かれました? まだでしたら、ぜひ私、蛭間に」
健市は笑顔で安田に握手を求めた。
「職務中ですので」
安田は硬い表情で、健市の握手を拒絶した。
健市は叱られたいたずら小僧のように舌を出して首をすぼめた。
上り下りが入れ替わって、車が動きだした。
ゆっくりと動く車の窓から、健市は涙にくれて嗚咽するかざねを、脳裏に焼きつくほど見つめた。



