ヒトサシユビの森
県警本部と近接の所轄署の協力を得て、さちやの捜索が始まった。
ガードレールを乗り越えたさちやが、過って笹良川に転落した事故の可能性が考えられた。
ガードレールの真下に川岸はなく、護岸のすぐ下は水面になっている。
転落した場合、川の流れに呑まれ、下流に流されることが予想された。
笹良橋を起点として、下流域までの捜索が数十名規模で行われた。
一方、室町は幼児失踪時のセオリーとして、何者かによる誘拐という事件性も考慮に入れていた。
誘拐犯から身代金の要求の電話がかかってくるかも知れない。
江守に伴われて、かざねは自宅に戻った。
自宅に、かざねの母・雪乃は不在であった。
雪乃は、占いの仕事で定期的に東京に行く以外に、プライベートでの外泊も少なくなかった。
度々変更される雪乃のスケジュールに、かざねは管理を諦めていた。
夜勤からの帰宅後に、家に雪乃がいれば、雪乃にさちやを預けて熟睡することができた。
しかし、それも稀である。
60歳を過ぎても、雪乃の飲酒と恋愛体質は変わらない。
雪乃が使ったであろうグラスと空の酒瓶を、かざねは片づけた。
「ご覧の通りです」
キッチンの壁紙は?がれ、惣菜のトレイが床に散乱している。
「この有様を見れば、身代金を要求しようなんて思わないでしょう」
かざねは自虐的に微笑んだ。
「でも、見た目は素敵な洋館ですから」
電話線を伸ばして、かざねは黒い電話機をダイニングテーブルの上に置いた。
江守によって簡易な録音機器が電話に取り付けられ、かざねと江守は犯人からの接触を待った。



