分裂犯罪
というのは、人に知られるところのものではなく、あくまでも、
「二人の間での関係」
というだけで、公には遠藤氏の存在は、影に隠れた存在ということであった。
だから、捜査線上に、初動捜査の段階で、遠藤氏は、その姿かたちは見えないということだったのだ。
そのかわり、注目されたのが、
「出版社の担当」
ということでの、向田氏だった。
彼は、初動捜査の段階では、
「参考人」
ということで、何度か聴取を受けていたが、彼は自分が参考人の一人と警察が考えているということを知ってか知らずか、
「俺は、関係ない」
とばかりに、あまり気にしている様子はなかった。
その冷静さから、最初の110番通報との冷静な声を結びつけることで、
「通報してきたのは、この男ではなかったか?」
ということだけは、信憑性があると警察が考えた。
そこで、
「彼をまずは、参考人から外して、110番通報をしてきた男」
ということで、聴取すれば、
「そこから、事件が少しは進展するかもしれない」
と感じたのだ。
そこで、警察は、
「向田さんが、100番通報されたんですか?」
と、直球で聞いてみることにした。
すると、案外と簡単に、
「ええ、そうですよ。原稿をもらいに行くと、あの惨状でしたからね。最初は救急車かと思ったんですが、胸に刺さったナイフを見て、絶命していることが分かったので、警察に通報しました」
ということだ。
「でもあなたは、電話を受けた警察官に対して、自分を名乗らずに電話を切ったそうですね?」
といわれると、また動揺も何もなく、
「ええ、そうですね。巻き込まれたくないという思いで、思わず切ってしまいました。その節は、申し訳ないことをしました」
と、さらに冷静にいう。
その言葉からも、浴用からも、
「本気で申し訳ないと思っているわけではないな」
ということは、明らかに思えるのだった。
本人も、
「警察がそう思っているだろう」
ということは百も承知ということで、考えているのではないかと思っているようだ。
それを考えると、
「まぁ、必用以上に刺激しても、この人からは何も出てこないだろうな」
ということは考えられるのであった。
大団円
聴取が続いていくと、
「実は、あの時、佐藤さんから、すぐに来てくれるように連絡があったんです」
と、向田氏は答えた。
それも、相変わらずの抑揚のない言い方で、本来であれば、
「事件に重大な展開を見せるかもしれない」
ということを話しているという自覚もないようだ。
へたをすれば、
「こいつは、この時とばかりに、今の子のタイミングで言い出したのかもしれないな」
とも思えるくらいだ。
そういう意味では、
「このタイミングは、実に考えられているものだ」
といってもいいかもしれない。
それを思えば、
「警察を愚弄しているのかもしれない」
と感じ、警察官も、一瞬感情的になりかかったが、もしそれが、
「犯人による作戦だった」
ということであれば、どうだろう?
捜査員も冷静になった。
そこで、
「その呼び出しというのは、殺された本人である佐藤氏に間違いなかったんですか?」
と聞くと、
「ええ、私は今でもそうだったと思っています」
と一言言って、それ以上、余計なことを口にしようとはしなかった。
「下手なことをいって、ボロが出るのを恐れている」
ということなのか、それとも、
「あくまでも、冷静沈着を装う」
ということが、彼にとって、何か必要なことなのか?
ということを考えさせられるということであったのだ。
今回の事件において、
「何か計画されたものが潜んでいるかどうか?」
というのは、正直その段階では、分からなかったのだった。
「俺たちにとって、今回の事件は、何かに操られているように思えるんだよな」
と考える捜査員もいて、皆が、心のどこかで思っていることに違いないのに、皆が皆。
「そんなことは、俺一人の胸にしまっておこう」
ということで、
「誰も同じことを考えていない」
と思っている二違いない。
警察が、事件の
「第二段階」
に入った時、容疑者として名前が挙がった中に、やっと、
「遠藤氏」
の名前が入ってきた。
しかし、彼が事件の中心に上がってくるということは、その時にはなかった。
ただ、事件の
「最重要参考人」
と目されていた向田氏は、いったん、捜査線上から消えることになった。
というのは、
「彼にはアリバイがあった」
ということで、
「電話を受けたその時、編集部にいて、電話を掛けた本人が、その時までは生きていて、死んだ時には、部屋までくることは無理だった」
ということを、証明されたのだった。
それほど、今の鑑識は、死亡推定時刻の割り出しが正確だということが言えるのだろう。
そうなると、今度は、
「遠藤氏にその容疑が向けられた」
というのは、
「今回の容疑者として浮かんだのは、遠藤氏と向田氏しかいない」
ということだったからだ。
そもそも、被害者である佐藤氏には知人や友人というのはいなかった。
しかも、調べれば調べるほど、
「彼には、女の影はない」
ということであった。
「じゃあ、男の欲望はどう処理しているんだ?」
ということになるが、彼は
「風俗で、その欲求を満たしていた」
ということであった。
彼は、
「それでいい」
と思っていた。
そもそも、性的欲求の強い方ではないと自分で思っていたようで、ただし、
「時々定期的に、無性に女が欲しい時がある」
というものだったのだ。
それさえ解消できれば、却って女がまわりにいる方が煩わしいと思っていた節があるということであった。
そんな性格を、
「変わり者」
というのであろう。
実際に本人も、
「変わり者で結構」
と思っていた。
かつての富豪の家系ということであったが、今では、そんな財産も半分は食いつくしていた。
「どうせ、俺の代で終わりなんだから、残す必要なんかないさ」
と思っている。
「俺は、一匹オオカミだ」
と思っているが、その思いは、昔からあったわけではない。
どちらかというと、子供の頃は、
「寂しがり屋」
というところもあり、それを、遠藤氏が補ってきたということであった。
それが、
「家老としての血」
というものからきているのか分からない。
ただ、
「佐藤は一人っ子で寂しがり屋だ」
ということと、
「俺には妹がいるから、やつほど寂しくはないかな?」
という思いがあった。
「俺にとって、妹はかけがえのないもの」
ということであるが、佐藤にはそれがないということは、ある意味気の毒なところでもあるなと考えていた。
だから、向田は、
「できるだけ、佐藤に寄り添ってやろう」
ということであった。
そんな佐藤は、ある意味、
「わがままに育ってしまった」
ということが言えるだろう。
それを作り上げたのが、遠藤だった。
彼は、同情心から、まるで、自分が親であるかのように支えると考えてしまったことで、それが、遠藤の自己満足でしかないということに気づきもしなかったのだ。



