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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Scraper

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 あの日、おれは結局トカさんには引き金を引けなかった。
 おれは、拳銃を持っていることを話した。そのままトカさんと話し込んで、新しく分かったこともあった。例えば、ルーさんが依頼してきたそもそもの仕事自体が、嘘っぱちだった。コンビニ強盗なんてものは、発生していなかった。ルーさんは、コンビニ強盗が起きたのは先月の頭だと言った。それを聞いて以来、どうしても頭に引っかかっていたことがひとつあった。
 おれが覚えている限り、ヒマリが見せてきたクラブでの写真に写る石原の顏には、傷痕がなかった。怪我をして一週間で顔の傷が綺麗さっぱり消えるとは思えない。それはルーさんから話を聞いているときにも思ったことだったが、その場では言えなかった。トカさんは苦虫を噛み潰したように言った。
『おれがコンビニ強盗を匿う? そんなしょうもないことするかドアホ』
 トカさんの知り合いは名前を敷野といい、実家が石原に地上げされたことを恨んでいた。実際、その嫌がらせは数年続いたらしい。地上げを依頼したのは飛び地を潰して新しい事業を始めたがっていたルーさんで、敷野が預けたリュックサックの中身は、親が地上げに折れてまとめた土地売却の書類だった。
『今まで散々警察にマークされとるからやめとけって、おれは言うた。表舞台に上がったら終わるやろからな。つまり、おれが邪魔者でそれを消す鉄砲玉がお前ってことやな』
 義理人情のようで、動物の理屈。そこには損得しかない。トカさんはおれの目をじっと見ていたが、半笑いのような表情で言った。
『おれが人を殺した噂、知っとるか?』
 表情と内容が合っていなかったが、トカさんの目は笑っていなかった。
『知ってます。春田さんはそのことで恩返ししてるって、噂があります』
 おれが言うと、トカさんは首を横に振った。
『そんな噂、信用すな。おれが殺したんは、新しい経理や』
 二十年以上も前の出来事なのに、昨日起きたばかりみたいにその口調は澱みなかった。
『元銀行員の奴でな』
 殺すまでに至った顛末はなんとなく想像がついた。手癖が悪くて金をパクったとか、そもそもが警察にマークされていたとか。おれはすぐに頭の中で決めつけたが、トカさんの答えは予想と違った。
『おれは、パッと見て目つきが気に入らんかった』
 昔の写真でカメラに目を向けるトカさんは、動物のようだと思っていた。直感が働いたら最後、あっさりと手を出して終わらせてしまう。そこには恩も義理もない。すぐに受け入れたおれの顔を見ていたトカさんは、懐くのをやめた犬みたいに歯を見せて笑った。
『信じたな?』
 おれが何も言い返せないでいると、トカさんは表情をさっと消した。
『おれより、数字に強かったからや』
 それは、ルーさんが連れてきた経理の男に見せた表情と同じな気がした。拳銃を差し出してもいいとすら思っていたが、その気は一気に失せた。妻子と別れて、息子に何もしてやれなかったと嘆いていた男。それがトカさんの印象だったが、自分の役割を奪われると思って新しい経理を殺したなら、その化けの皮の下にはあるのは打算だけだ。
 だとすれば、おれが拳銃を渡したら最後、その銃口は一瞬でこちらを向く。
『お前は、足を洗え』
 それが、その日トカさんから聞いた最後の言葉だった。
 あれからあっという間に日が過ぎていき、今日は期限の前日。音だけで前に進まないボンゴバンはどうにかして上り坂を上がりきって、息継ぎをするようにエンジンの回転を高く保ったまま唸っている。おれは役目から解放するように、キーを捻ってエンジンを停めた。いつも通り防犯カメラのない道を選んで、何度も歩いた道を進んだ。冬の夜は、春を迎えられたら息を吹き返すに違いない枯れ木が尖ったまま空に突き出していて、何もかもが痛々しい。でも、変に花が満開の中歩くよりは、この方が今のおれには似合っている。ポケットの中に居場所を見つけたスミスアンドウェッソン製のM40には、五発の38口径が装填されている。
 あれから一週間の間に、分かったこと。
 例えばヒマリは、スリの友達と一泊すると言ったが、まさにその『スリ友』がパクられたという情報が、ポコ太郎を通じて入ってきた。つまり、ヒマリはどこにも行っていなかった。そして、おれとポコ太郎に回ってこなかった、牛乳サンバーの危険な仕事。嫌な予感がしていた。おれは四日前からずっとアプリを起動して、音が入るのを待ち構えていた。一昨日、サンバーのエンジン音に混じる音楽に乗っていたのは、そこそこな音量のヒマリの声だった。
 おれは早足で階段を駆け上がると、トタンの屋根が被る倉庫の中へ入った。ポケットから拳銃を抜いて、牛乳サンバーの前に立っているルーさんの腹に向けると、引き金を引いた。銃声は想像していたよりもずっと大きく、ルーさんは牛乳サンバーに叩きつけられるように体をぶつけて、横倒しになった。
 おれは拳銃を捨てて、来た道を戻った。
 

- 現在 -

 ヒマリの目隠しが、中々終わらない。おれは言った。
「ちょっと、用事があるねん」
 手がパッと離れて、ヒマリは残念そうに肩をすくめた。
「時間かかる?」
「そうやな。ごちそうさま」
 おれはスマートフォンをポケットに入れると、手早く着替えて厚手のダウンジャケットを引っかけた。ヒマリには見えないように財布の中の現金を全て出すと、テーブルの上に置いた。ローレルコート四〇五号室の玄関、フックに吊られたスペアの鍵、ヒマリのスニーカー、おれのブーツ。『おかえり』と書かれたドアマット。全て最後にする。
 おれは、これから出頭する。自分でも怖くなったのは、ルーさんに向かって引き金を引くときに何も感じなかったことだ。トカさんのアドバイスは体に刻まれたように、自然に再現された。だから、その記憶と共になら平然と生きていけただろう。
 実際には、自分の身柄を差し出す本当の理由は、ひとつしかない。
 牛乳サンバーの仕事は、ルーさんがヒマリに依頼したのではなく、おそらくその順序は逆で、仕事がないか打診したのはヒマリの方だ。トカさんは知っていたはずなのに、何故かおれにはそのことを言わなかった。命乞いみたいに思われるのが嫌だったのだろうか。
 トカさんの頭の中は分からなかったが、ヒマリがどうして運び屋の仕事をやったのかは、すぐに分かった。おれはルーさんを撃つ前に一度、プリメーラを見に戻った。大人しく車庫に停まっていたが、角度が微妙に変わっていた。自分の車なんだから、少しでもずれていれば分かる。
 ヒマリは、ルーさんから運び屋の仕事を請けて、プリメーラをこっそり修理してくれたのだ。それが、目隠しまでしてごまかしたネタバレの中身だ。無事に帰ってきたヒマリからすれば、運び屋の仕事のことを物珍しい車でのドライブぐらいに思っているかもしれないが、何ごともなく終わったのはただの偶然だ。
 絶対に守らないといけない相手なのに、一番危ない目に遭わせたのは、おれ自身の行動だった。だからおれには、傍にいる資格がない。むしろ、このままいけばヒマリをとんでもない場所に連れて行ってしまう。
作品名:Scraper 作家名:オオサカタロウ