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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Scraper

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『お前、そろそろ卒検いくか。みんなどっかで通る道や。ポコ太郎はまだかもしれんけどな』
 その言葉を聞いてから、すでに二時間が経った。ボンゴバンのアクセルを踏んでも、景色の流れる速度はいっこうに変わらない。しかし、時間だけは刻々と前へ進んでいる。ルーさんの言葉は鞄の中のずしりとした重みに取って代わり、頭の中にもしっかりと残っていた。
『五発入ってる』
 バーから出てしばらく歩いた後、ルーさんが黒色のリボルバーを出してきたときは、悪い冗談だろうと思った。しかしルーさんは本気だった。
『売上持って行ったついでに、その鞄を取ってこい。鞄だけ取るなよ。強盗に見せかけて、トカさんを後ろから撃て。期限は一週間や』
 石原んとこの息子が動く前に。ポコ太郎がビビっておれの名前を吐く前に。ヒマリに辿り着かれる前に。全ての元を辿るなら、それはトカさん以外にいない。理屈では分かる。しかし、本気でこんなことをしなければならないのだろうか。おれはもう少しルーさんと話したかったが、ルーさんのスマートフォンはずっとぴかぴか光っていて、返信に忙しそうだった。その場を離れる決め手となった言葉は『お前、ヒマリみたいな女は大事にせえよ』で、そんなことを気にかけられる筋合いはないから、おれは『失礼します』と言って、銃だけを持って外へ出てしまった。考えれば考える程辻褄が合わない気もするが、ルーさんの話はいつだって半分ぐらいデタラメが混ざっている。
 トカさんの仕事場は、繁華街の外れにある雑居ビルの二階にある。廃業したスナックとラーメン屋に挟まれた事務所跡で、すりガラスのドアにはロゴをはがした跡があり、『谷垣会計事務所』と読める。奥の部屋は本格的な防音仕様で、おまけに両隣は無人だから物音を聞かれる心配もない。おそらく石原は、金持ちの道楽で犯人探しをしている最中に関係者が銃で殺されたら、そこで回れ右をする。
 おれはボンゴバンをビルの裏に停めて、二階へ続く階段を上がった。トカさんと会う回数は、おそらくこれで二十回ぐらい。酸素よりもカビの方が濃そうな空気に、レンガ造りの壁。上着のポケットの中で自己主張をする、銃身の短いリボルバー。おれは一体、何をしようとしているのだろう。おれやポコ太郎、ルーさんが石原んとこの息子からケツバットを食らうことについては、どうでもいい。それはこういう立ち位置で食い扶持を稼いでいる以上は、仕方のないことだ。
 しかし、ヒマリは別だ。そっちに火の粉が飛ぶのを防げるなら、おれはなんだってする。そのことを考えたときだけ、ポケットを引っ張り続けるリボルバーにはちゃんと意味があって、トカさんに信頼されているおれがこの仕事を任されたということの意義も、分かる気がした。おれはドアの前に立つと、スマートフォンを取り出した。
 それにしても、トカさんはどうしてこんな詰めの甘いことをしたのだろう。もっと慎重な性格だと思っていた。しばらくその場に立ったまま息を整えると、おれはメッセージアプリにいつもの絵文字を送った。ドアの形をしたやつで、これを送ると必ず『OK』という絵文字が返ってきて、ブザー音と同時に鍵が開く。
 今日も例外じゃなかった。ルーさんから預かっている売上金の入った鞄に、おれが着ている緑色のウィンドブレーカー。全てがいつも通り。リボルバー以外は。おれはドアを開けて、中へ入った。薄暗い事務所の奥だけが明るく光っていて、黒ジャージを着込んだトカさんの背中が見えた。おれがすぐそばに売上金の入ったバッグを置くと、トカさんは仕分け中の札束から目を離すことなく言った。
「いつもの車は、どないしたんや」
「壊れました。なんで分かるんですか?」
 おれが訊くと、トカさんは片方の耳に入れたイヤーピースに触れながら、背中だけで笑った。 
「音がちゃうやろ」
 トカさんは建物の外に集音マイクを括りつけて、その音を常にイヤホンで聞いている。おれは辺りを見回した。どこかにルーさんの言っていた鞄があるはずだ。しばらく首を回して、会計関係の本がぎっしりと詰まっている本棚の真下に寝かされた青色のリュックサックを見つけたおれは、言った。
「今日は、ずっとお金数えはるんですか?」
 トカさんは振り向かなかった。いつもなら、質問をすると一回目は必ずこちらを振り向いて、また前に向き直る。しかし今日は頑なに前を向いたままで、その答えも短かった。
「せやな」
 おれはポケットの中に手を突っ込んだ。リボルバーのグリップを探し当てて、親指と人差し指がどうにか巻き付いたとき、トカさんは言った。
「最近、どないやねん」
「自分は、普通にやってます。トカさんこそ、変なことに巻き込まれてないですか?」
 おれが言うと、トカさんは少しだけ体を動かして、棚の方を向いた。
「ややこしいのやったら、そこにいてるリュックサックやな」
 余計なことを聞いてしまった。おれはリボルバーのグリップをポケットの中で握りしめたまま、思った。トカさんが振り向いてくれたら、それで全ておしまいになる。でも今はなぜか、この瞬間に振り向いて、おれがポケットの中で銃を握りしめていることに気づいて、何か言ってほしい。例えば、まだそんなことをしなくていいとか。ルーさんが言っていたことと真逆の内容なら、何だって。
「預かりものですか?」
「今日は、質問が多いな」
 トカさんはそう言うと、札束を脇にどけた。その後頭部はどこかすり切れたお札のようにも見える。
「車、治すんか?」
「修理代が高いんで、手も足も出ない感じです」
 おれが肩をすくめると、トカさんは小さくため息をついた。
「お前、今度の運搬はどないすんねん? 牛乳サンバー動かすらしいぞ」
「なんですかそれ?」
 おれは初耳だ。車関係の仕事でルーさんが使うとすれば、おれかポコ太郎。それが『牛乳サンバー』となれば、なおさらだ。牛乳屋のロゴが入っている古い型のサンバーバンで、オートマで全く加速しない上に目立たない外観だが、その分運ぶものが危なっかしい。事態が悪化したときはいつでも分かるように、エンジンをかけたら音声レコーダーで車内の音がアプリを通じて筒抜けになるよう設定されている。預けた物を持ち逃げされる可能性も考えられていて、ルーさんとトカさんだけでなくおれとポコ太郎もそのアプリをスマートフォンに入れていて、相互に監視している。
 牛乳サンバーを使うのは、それだけリスクの高い仕事だということだ。その関連の仕事なら、もしポコ太郎に回ったとしても、すぐおれに言ってくる。トカさんは喉自体を外へ出そうとしているような咳ばらいをすると、言った。
「それなりに大事な書類を、目立たんように運ぶ仕事や。あっちゃこっちゃで見張っとるからな、難しいぞ」
「自分は聞いてないんで、他の人間に頼むんかもしれませんね」
 おれが言うと、トカさんは帳簿に伸ばしかけた手を止めた。
「平井」
「はい」
 名前を呼ばれて思わずかしこまると、トカさんは背中で笑った。おれがリボルバーを静かにポケットから出したとき、全てお見通しのように呟いた。
「弾は、入ってんのか?」
   
  
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作品名:Scraper 作家名:オオサカタロウ