小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Scraper

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 おれが作ったのは、エンジンルームの中で煙を発生させる装置。取り付けてもすぐには動かず、時間差でチョークが溶けることで作動する。男が昼寝している隙に車の底へ貼り付けて、ルーさんに尾行するよう電話した。三十分ぐらい経って、写真が送られてきた。思っていたよりも煙の量が多くて、男の愛車は車内が真っ白になっていた。観念して降りてきた男の隣で自撮りするルーさんは、どこか楽しそうだった。
 そうやって、おれはルーさんにとって『面白いやつ』になり、何度か仕事をこなしている内にトカさんのところへ金を持って行けと言われた。トカさんは装置の話をよく知っていて、『色々用意したんやったら、とんとんやったんちゃうんか』と言った。
 その通りだった。バイト代から装置の費用を差し引くと、余ったのは七百二円。その日の夜に牛丼屋に寄ったら、あっさりと消し飛んだ。おれからすると信用の方が大事だったからそれは言わなかったが、トカさんは一万円札をくるくると丸めて、おれのシャツのポケットに入れた。そうやって、おれは金に関してだけは、ルーさんよりもトカさんの方を信用するようになった。
 ヒマリとは、トカさんから依頼された仕事で知り合った。当時はガールズバーに勤めていて、ガチ恋のストーカーに困っていた。おれとポコ太郎で追い払って、それからも三人で飲みに行ったりしている内におれとの距離が近くなり、こうやって付き合うことになった。笑うのも、悲しむのも、ヒマリは全てが人一倍派手だ。右肘の辺りに蝶の入れ墨が入っていて、常に斜め上が気になっているように少し上目遣いで笑う。驚いたのは、見た目に反してかなり几帳面な性格だったということ。自分の性格が息苦しくて、ちょっとでもいい加減になろうと真面目にもがいているというのが、ヒマリの自己分析。蝶の入れ墨ですら、自分で自分を傷物にするために必要なことだったらしい。
『緊張するやん。ちょっとぶっつけたりしとかな、気が済まん』
 それを証明するみたいに、ヒマリはどんな物でも新品を買ってくると、必ず一回落としたり投げたりして、傷をつける。綺麗好きで料理が上手くて、おれの体調を見ながらご飯を作ってくれる。オーブンレンジでケーキを焼くこともある。クリスマスのお祝いが手作りケーキなのは衝撃だった。
 そんなヒマリはよくおれに『あたしはお嬢様ちゃうで、雑草やで』と言う。
 でも、おれにとっては綺麗な丘の一番目立つ場所に咲く、ド派手な花だ。だからおれは、近づく人間を一旦は追い払う。元々顔見知りだったトカさんは別だが、ルーさんは絶対に近づけたくない。最初の内は一緒に飲んだこともあるし、ルーさんとヒマリはそのときに連絡先も交換している。しかし、おれがヒマリと付き合うようになってからは、できるだけ引き離してここまで来た。仲間内で集まる度にルーさんは『ヒマリも連れて来いよ』と言うが、綺麗でひらひらしたものに目がない性質だから、どんな手を使ってでも傍に置こうとしただろう。そして、すぐに雑草扱いするのも目に見えていた。
 時折大喧嘩を挟むおれとヒマリの関係は、それなりに良好だ。あと数年もすれば、お互い三十歳が近づいてきて落ち着くのだろう。そう思っていたし、そのときは結婚するのかもしれないとぼんやり考えていた。
 しかし、そういった一切合切は、あっさりと終わった。
 昨晩届いた、『ポコ太郎』からの新着メッセージ。その内容はいつも唐突で、脈絡がない。
『思い切り死んどるみたいなんやけど警察呼んだほうがええ?』
 句読点が一切ない、地続きの言葉。実際ポコ太郎はそんな喋り方をする。でも今は、遠くの世界の住人のようだ。まだおれは返信していないし、その必要があるかもよく分かっていない。
 なんにせよ、死んだことはこれで確定した。つまり、一線を越えたのだ。
 おれは、人を殺した。
   
  
- 一週間前 - 
 
 ルーさんの仕事。おれはファミレスでポコ太郎と晩飯を食った後、ポコ太郎の知り合いから借りているボンゴバンに戻った。食欲は湧かないが、ポコ太郎に気づかれないようにするためなら、胃も見栄を張れるらしい。音だけで全然前に進まないディーゼルに檄を飛ばしながら、おれは何度も行き来した幹線道路を時速六十キロで進んでいる。
 一生乗るつもりだったプリメーラが、ついに壊れた。九十六年型で、何をどう頑張っても修理代は四十万。部品が見つかっただけでも奇跡らしい。八万キロ走っていた個体を安く譲ってもらって、おれが三万キロ走った。寿命と言えばそれまでだが、次に車を買う金もなければ、修理代も捻り出せない。ヒマリとはそのことで喧嘩までした。ちょうど仕事が色々とある時期だから、数日は冷却期間を置くべきだと考えて、おれは最悪寝泊まりも可能なボンゴバンであちこち動き回っている。
 そして、泣き面に蜂なところへ、さらにハンマーのひと振りが来た。
 ルーさん曰く、トカさんの知り合いがコンビニ強盗を打って捕まり、そこで渡嘉敷という間違いようのない珍しい名前を吐いたらしい。そしてトカさんがその知り合いを匿ってしらを切り続けたことで、ルーさんの耳に入るのもかなり遅れたのだという。
『正業ちゃうからや、そんなもん一回網にかかったら全員いかれるまで止まらんぞ。お前かて、しょっちゅう出入りしてんねんから、すぐ引っ張られるわ』
 メーカーズマークをちびちびと飲みながら、ルーさんは人のあまりいないバーで淡々と語った。ルーさんの話では、コンビニ強盗のときに居合わせた人物の方が危険なのだという。
『そいつな、レジだけ見とったらええのに、止めた奴の顔にグーパン入れて、ケガさせとんねん。それが、石原んとこの息子や』
 石原んとこの息子は、名前を雅也という。父は地主で、この辺では影響力の大きい人間だ。ひとり息子の昌也はいつもシルバーのメルセデスで走り回っていて、その運転は正直危なっかしい。クラブにもよく出入りしていて、二週間前にはヒマリが友達と飲んでいたときもふらっと目の前に現れ、二人をVIPルームに誘ったらしい。一杯だけ付き合ったヒマリに見せてもらった自撮りを見る限り、金を持っていそうな感じはした。ちゃんとオチもついていて、このとき居合わせたヒマリの友達はスリの名人だから、最後は石原の財布をすっからかんにした。でも、それを痛くもかゆくも感じないぐらいには、石原は金を持っている。そして、人間的な器は石ころをひと粒入れてもはみ出すぐらいに小さく、中途半端な正義感と間違われやすい。
『石原は、匿ったやつを探しとる』
 ルーさんは世界一まずい酒を探し当てたみたいに、グラスを持ったまま顔をしかめた。
『その知り合いはな、トカさんに鞄を預けとるねん。それを回収せな、警察より先に石原に追いつかれるぞ』
 本題に入るとき、ルーさんは少しだけ声が低くなる。そして、主語が入っていないときは大抵こちらも含まれている。つまり、石原はトカさんを皮切りに、仲良しグループにケツバットを食らわせていくつもりだ。だとすれば、順不同でおれとポコ太郎は確実に辿られる。それがヒマリまで辿られたら、洒落にならない。手癖の悪い友達のせいで、スリの片割れと認識されているからだ。
作品名:Scraper 作家名:オオサカタロウ