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夢の連鎖の悪夢

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「当時の社会情勢」
 というものが引き起こしてから、
「長年にわたって解決されないという問題が、引き継がれている」
 ということであった。
 その一つが、
「いじめ問題」
 ということであり、それが嵩じての、
「引きこもり」
 という問題である。
「理不尽ないじめ」
 ということで、学校に来なくなった生徒がたくさんいて、
「それでも、独自に勉強をしている人もいるだろうが、結局、高校中退」
 というような形で、しかも、
「家庭内に引きこもっている」
 ということで、
「社会の常識」
 なるものがまったく分かっていないという人がたくさんいるということになるだろう。
 確かに、
「バブル崩壊」
 というものからこっち、
「年功序列」
「終身雇用」
 というものがなくなったことで、
「会社への執着もない」
 ということで、
「会社内の人間関係」
 など関係ない仕事をしている人が多いということだろう。
「バイトやパートで食いつなぐ」
 というところであろうか。
 今の時代においては、
「詰め込み教育」
 でもなく、
「ゆとり教育でもない」
 ということで、今の時代は、そのせいで、一部の人に、
「そのしわ寄せがいく」
 ということになるのだ。
 それが、
「学校の先生」
 ということで、昭和の頃までは、
「比較的時間的にも楽な仕事」
 と言われていたのだが、今では、
「生徒を相手にしないといけないストレスやプレッシャーというものは変わっていない」
 といえるが、何よりも、
「勤務時間」
 というものがまったく違う。
 ほとんど、休みもない状態の人も結構いるようで、
「平均の勤務時間が、10時間」
 と言われているが、それも、
「少しさばを読んでいるのではないか?」
 と思うほどであり、実際には、
「今の時代で一番のブラックというのは、学校の先生だ」
 ということになるだろう。
 昭和の頃では、
「なりたい職業」
 というものにランクインしていただろうが、今ではきっと、
「なりたくない職業のトップ」
 ということになっているに違いない。
 ただ、実際に調査した結果としては、実は高校生が鳴りたい職業にカウントが多いようだが、きっと、詳しい状況を知らないということなのかも知れない。
 そもそも、
「なりたい職業」
 というものに、
「教師を選ぶ」
 という時点で、高校生の
「判断能力」
 というものと、
「現実を見極める目」
 というものがどうかしているという証拠だといってもいいだろう。
「実に皮肉なことだ」
 といえるのではないだろうか?
 それを考えると、
「大人になってからの夢を見る」
 ということは、
「夢を見るだけで無駄なことだ」
 という恐ろしい時代になったといえるのではないだろうか?
 実際に、
「将来について、夢を見る」
 などということが、今の時代にどこまであるだろうか。
「将来、どんな職に就きたい」
 ということくらいはあるだろうが、それも、
「社会貢献」
 ということであったり、
「自分のスキルから」
 というのは、昔ほどはないのではないだろうか?
 実際に、希望した職についても、実際には、
「きつくてつらい」
 というものであったり、
「教師」
 のように、
「親や教育委員会から責められ、子供からは、慕われるどころか、嫌われる」
 という状態で、しかも、仕事内容は、
「ブラック」
 ということになると、小学生の頃に抱いていた感覚が、次第に成長するにしたがって、まったく別の感覚になり、
「社会に出る」
 ということ自体に、抵抗を感じるようになることだろう。
 それは、
「仕事」
 というものに限らず、
「スポーツ」
 などでも、そうだろう。
 特にスポーツというのは、昔から言われていることで、特に、
「スポーツ推薦」
 というものは、
「その生徒に対して」
 というものではなく、
「その生徒が挙げるであろう実績が、いかに学校のためになるか?」
 ということからの、特待生扱いということだ。
 確かに、
「中学時代では、華々しい実力を発揮した」
 ということで、スポーツ推薦で高校に入ったとする。
「学費は免除、さらには、寮住まいも無料」
 ということで、
「特待生」
 ということになるだろう。
 しかし、これも、結局は、
「学校の役に立ってこそ」
 ということであり、期待通りに、一年生からレギュラーになったりして活躍したとしても、その途中で、けがをしたりして、結局、
「大けがによって、再起不能」
 などということになれば、その生徒の夢は、その時点で打ち砕かれることになる。
 本来であれば、学校が生徒のフォローをしなければいけないということなのだろうが、実際には、
「対象のスポーツができなくなった」
 ということであれば、特退ではなくなる。
 ということになるのだ。
 つまりは、
「他の学生と同じ扱い」
 ということで、
「学費や寮代が無料」
 という特別待遇はなくなり、さらには、
「勉強がおいつかなくても、落第にはならない」
 ということだったものが、
「成績が悪ければ、そのまま落第」
 ということで、そもそも、
「スポーツしかしなくてもいい」
 ということで、勉強などしていないので、及第点が取れるわけはない。
 そうなると、学校は、容赦なく落第させ、さらには、
「転校あっせん」
 であったり、
「退学」
 というものを匂わせるということをするだろう。
 そうなると、
「その生徒の行く末は?」
 ということであるが、結局誰も相手をしてくれないということになるだろう。
 それこそ、
「詰め込み教育時代の落ちこぼれ」
 と同じ事態である。
 要するに、
「時代は繰り返す」
 ということになるのだろう。
 だから、
「夢を持つなどというのは、ありえない」
 といってもいいかも知れない。

                 目標

 だからなのか、昔からのことではあるが、
「何かが、どこかが違う」
 と思うことがある。
 というのは、
「他人の子供が、夢をかなえる」
 ということに対して、やけに、皆がひいき目に見るというものである。
 海外で活躍するスポーツ選手など、皆、
「素晴らしい」
 とはいうが、悪く言う人は一人もいない。
 それも、
「マスゴミというものが、あまりにも粘着的にひいきするからではないか?」
 と思えるふしがある。
 テレビの情報番組の、スポーツーコーナーでは、その対象選手が活躍などをすれば、
「今日もやってくれました」
 とばかりに、
「1安打打っただけ」
 ということなのに、褒めちぎるのだ。
 しかも、
「スランプに落ち込んだ時」
 というのも、徹底的に褒めまくり、ひいきしている状況を演出しているようだ。
 そもそも、マスゴミとしては、
「持ち上げた手前、何か悪いことでもしない限り、叩き落すような真似はしない」
 ということであった。
 しかし。これが、
「国内でがんパっているスポーツ選手」
 ということであれば、
「一時期だけ活躍した選手がいれば、同じように持ち上げる」
 というところまでは同じなのだが、実際に、ピークを過ぎると、今度は、
作品名:夢の連鎖の悪夢 作家名:森本晃次