二階級特進
「悪代官を懲らしめる」
という、
「勧善懲悪」
ということになるのだろうが、本来であれば、
「水戸黄門」
であるべき、ソーリというものが、
「悪代官の上前を撥ねる」
というのだから、
「とんでもない世の中」
というものだ。
しかし、もっと悪いのは国民で、最初は、この戦争が、
「侵略された側がかわいそう」
などといっていたが、次第に、国民生活がおかしくなってくると。手のひらを返したように、
「あの時に、ソーリが海外にやった金があれば、少しは違ったのに」
ということで、
最初は、
「勧善懲悪の観点」
から、騙されているとも知らずに、ソーリを応援していたくせに、自分たちの状況が悪くなると、今さら気づいたかのように、ソーリを攻撃するということである。
「最初からわかっていなかった方が悪い」
といってもいいのだが、
「勧善懲悪だった」
というのが、本当に、
「言い訳としての免罪符」
ということで通用するのだろうか?
これが通用するということになれば、
「いくらでも、後付けで言い訳をすれば、それが簡単に免罪符となる」
という前例を作ってしまうということになるのだ。
そのうちに、
「この免罪符」
というものが、
「通用しなくなる時が来る」
というもので、
「実際には来ているのに、それに気づいていないだけ」
という、バブル崩壊時を彷彿させる国に成り下がったということになるのだろう。
とはいえ、
「日本政府のトップ」
というのは、今まで、
「「世界の警察」
ということを唱え、世界の中心に君臨してきた国が、今度は、世界に出ていくことをせず、
「自国ファースト」
というものを唱え始めると、今度は、
「属国扱い」
というものをされてきた国が、どんな目に遭うか?
ということである。
そもそも、戦後、表では、
「全面協力」
と言われながら、影ではどんな目に遭ってきたのかを考えると、日本政府のトップは、その
「傀儡」
といってもいいだろう。
そもそも、
「傀儡国家」
「傀儡政権」
というものを作ることが得意だった、
「かの戦争」
における、
「枢密国」
というものがほとんどではなかったか。
それが、今や自分たちがその方法で、他国からの傀儡とされる。これこそ、
「因果応報」
といえるかも知れない。
その象徴が、
「ソーリ」
である。
今のソーリは、
「海外にしか目を向けていない」
もっといえば、
「日本というものがどうなろうが関係ない」
ということで、保身に走っているとしか思えない。
要するに、
「沈みゆく船には乗っていられない」
ということであろう。
それだけでも、
「すでに、末期症状」
といってもいいかもしれない。
この場合の、
「末期」
というのがどういうことなのかというのは、それこそが、
「歴史が答えを出してくれる」
ということで、今の時点では誰も分からないだろうが、結末だけは分かっているようなものだ。
あくまでも、
「それがいつなのか?」
ということだけであり、早まるかどうかは、今後のソーリによるといってもいいだろう。
ただし、
「すでに手遅れ」
ということで、
「果たして余命はいつまであるというのだろう」
というだけのことである。
とりあえず、そんな国家であることに気づいている人も結構いるだろう。
「せめて、そんな破滅は、自分が死んでからにしてほしいものだ」
と願うばかりである。
世の中が、そんな、
「奈落の底」
に落ちようとしていることを気にしている人もたくさんいたが、それを独自に研究している人がいた。
もちろん、大っぴらにすることはないのだが、仕事が、雑誌記者ということで、仲間には、そういう話を、面白おかしく書くのが専門の人がいた。
「自分は、観光などが中心の記事を書いているので、そのような、社会的なことには興味はない」
と思っていたのだが、実際には、社会部の人たちからは、政治の話や、世界情勢の話を、飲み会などで、よく聞かされたものだ。
「情報交換の場」
ということで、結構、そういう話を聞かされたのと、実際に、その話が、
「信じるに値する」
というもので、どんどん、想像が膨らんでいき、逆に、聞いた方が気になってしかたがないという状況になったという。
彼は、風車出版という出版社に勤める、
「今村」
という記者だった。
今村記者
「ルポライター」
といってもいいだろう。
そんな彼は、観光系の記事を書いているということで、出没地域は、当然、田舎などの観光地などであるのは当たり前といえるだろう。
そんな中で、今村記者が行方不明になったとしても、最初は誰も気づかなかった。
「一か月くらい取材のために、その観光地にとどまっている」
というのは普通のことであり、その間に、できた原稿をメールなどで送ってくるというのが、許される会社だった。
そもそも、風車出版という会社は、事務所に机が置いてあり、そこで、作業するルポライターという形式は取ってあるが、実際には、正社員というわけではない。
しいていえば、
「契約社員」
という形式であろうか。
だから、別に出社する必要もなく、編集に必要な資料が納期、つまり、
「締め切り」
というものに間に合いさえすれば、会社としては、別に問題ないということであった。
だから、
「会社とすれば、ルポライターから、一か月近く連絡がなくても、少し気になるという程度で、心配まではしない」
ということであった。
ただ、この、
「今村」
という記者は、結構律儀なところがあり、
「どこかで取材に入り込んでいても、一週間に一度の割合で、原稿を送ってくる」
ということであった。
少々長くても、
「十日とはあけない」
というのが、今村記者のポリシーのようで、
「几帳面な性格」
であることに違いはなかった。
しかし、今回は、
「二十日経っても連絡がない」
ということで、さすがに出版社も気になったのだろう。
最初に気になったのが、同じ観光部の同僚である、
「坂巻記者」
であった。
彼女は、同僚であり、実は今村記者の彼女でもあったのだ。
入社は、坂巻記者の方が早く、後から入社してきた今村記者だったが、年齢は、今村記者の方が上だった。
二人とも大卒だったということで、つまりは、坂巻記者は、新卒入社であったが、今村記者は、途中入社ということになる。
要するに、
「今村記者には、他の出版社で、記者としての経験があった」
ということであった。
今村記者がいたのは、実は出版社ではなく、新聞社だった。
「記事を書く」
ということでは同じなのだろうが、その新聞社は、地元新聞で、
「地元の政治家からの圧力が強く、完全に、政治家の圧力に屈した新聞社」
ということで、
「どちらかというと、勧善懲悪なところがある」
という今村記者としては、
「こんなところにはいたくない」
と思えるところだったのだ。
それを思えば、彼が辞めたくなるのも当たり前ということで、その新聞社を、結局は、



