二階級特進
からこっち、まったく精彩を欠いてしまい、今では、
「ベスト50に一人入っているかいないか」
という程度である。
それは、経済界においてもいえるかも知れない。
「昭和の終わり頃は、日本トップクラスの企業で、世界の長者番付のベストテンに入っていたにも関わらず、今では、関連企業をどんどん切っていき、海外資本に売り飛ばす」
ということで、大問題になったりしているではないか。
しかも、数十年で、産業の興亡も激しくなっていて、
「今までにはなかった産業が、今はトップクラスになっている」
といってもいい。
そのいい例が、昭和の頃と、平成、そして今の令和とでの違いを顕著に表しているというのは、
「大人になったらなりたい職業」
というものである。
昔であれば、
「パイロット」
「アイドル」
「博士」
などと、どちらかというと、
「夢の実現を必要とする」
というものであったが、今では、
「ユーチューバー」
などという、
「誰にでもできるが、ごく一部の人間だけが、高額を稼げる」
という。
「昔の夢」
というものとは少し違い、
「現実的には考えられるものではあるが、実際には、夢のような話」
ということで、
「手が届くところを考えて、その中から鎬を削る」
という方を選んでいるようだ。
それだけ、
「自分にだってできる」
という何かの自信があるのだろうか。
しかし、その自信というのはあまりにも根拠のないもので、ある意味、
「皆が目指して、それでも、ごく一部だけ」
ということなのに、その自信はどこからくるというのだろうか?
というのは、
「パイロットであったり、アイドル、博士」
などという子供の頃の夢というのは、
「試験」
であったり、
「オーディション」
さらには、
「研究結果」
というれっきとした証明があってからこその、
「目標達成」
ということである。
「ユーチューバー」
などというと、それ自体が、
「個人事業主」
のようなものであり、
「一度頂点に上り詰めたとしても、すぐに奈落の底に落ちるかも知れない」
つまりは、
「一発屋」
というものが多いのかも知れないと考えると、
「今の時代は、子供の考え方まで、まったく違う時代になってきた」
といってもいいのかも知れない。
そうなると、今の日本が、
「金をバラまいてくれる」
ということで、ちやほやしている国であっても、
「いつ、バブルのように崩壊するかも知れない」
ということで、確かに、
「外国はたくさんある」
といっても、相手が日本を相手にしないのであれば、どうしようもない。
つまりは、
「簡単な手のひら返しが通用するほど、外交というのは簡単なものではないのではないだろうか?」
「そんなことは分かっている」
という人がいるかも知れないが、
「今まで、何度政府を信じてきて、裏切られたことだろうか?」
ということである。
少なくとも、
「今現役で頑張っている人たちは、どれだけの人が、政府を信頼している」
というのだろうか?
選挙においても、
「国民が投票してくれたから、政府でいるんだ」
と思っている政治家がいれば、それこそ、
「バカバカしい」
というもので、
「他に誰もできる人がいない」
ということから、
「だったら、最悪の今の政府であっても、やらせるしかない」
という、
「消去法によって成り立っている政府だ」
ということになるのだ。
別に国民が、お願いしたわけではなく、お願いというよりも、
「藁をもつかむ」
といってもいいだろう。
それも、
「これ以上ひどくならないように」
という、実にネガティブなものだ。
だからこそ、
「国民の政治離れ」
というものがあるのだし、
「そもそも、年金を消す政府だ」
ということを考えて、しかも、
「その時の余勢を買って、野党にさせてみると、結果最悪だった」
という事実があったことで、
「もう、政権交代はうんざりだ」
ということになり、結局誰もが行きつく先は、
「他に誰もいない」
ということになるのだ。
これこそ、
「保守」
ということで、それを政府が、
「自分たちが強い」
などと思っていると、いつ足元を掬われることになるか分かったものではないだろう。
特に今の日本というものが、
「ソーリ」
を見ていると、
「外国におんぶにだっこ」
というものが分かるというものだ。
特に、このソーリが就任した時を思い出せばわかるというものだ。
実は、このソーリが就任する、
「2代前のソーリ」
の時に、大問題が勃発したのだった。
というのは、
「世界的なパンデミック」
ということで、
「未知のウイルス」
というものが世界的に蔓延したということであった。
実際に、その時のソーリというのは、確かに、世間からいろいろ言われていた。
「疑惑にまみれた政治家」
ということで、
「明らかに、あくどいことをしている」
というのが分かっていながら、国会などで、のらりくらりと逃げ回っていたのであるが、それも、よく考えてみると、
「野党が弱かった」
といってもいいだろう。
「せっかくの政権交代の時期」
というのを、みすみす棒に振ったといってもいい。
口では、攻撃をしているのだが、その切れが感じられない。
それこそ、
「政権は取らなくてもいいから、政権助成金がもらえればそれでいい」
とでもいうような、
「野党第一党にあるまじき行動」
といってもよかった。
考えてみれば、
「あの時に政権が取れなかった野党だから、今後、野党が政権を取れば、この国は終わりだ」
といってもいいだろう。
それを考えると、
「世界的なパンデミックというものがもたらしたものは、悪いことだけではなかった」
といってもいいかも知れない。
そんな、
「疑惑だらけのソーリ」
ということであったが、実際には、外交面などでは、一定の評価もあり、
「やっていることがあざとい」
とは言っても、
「他の誰にも太刀打ちできる相手ではなかった」
ということは事実だろう。
しかし、そんなソーリの時代に、いきなり襲ってきたのが、
「世界的なパンデミック」
という大事件であった。
「未曽有の大事件」
ということで、今までに例を見ないことだっただけに、政府の対応はひどいものだった。
なんといっても、
「伝染病蔓延の基本」
ということであれば、まずは、
「水際対策」
というものが基本だといえるだろう。
だが、あの時の政府は、
「ソーリ独断」
ということで、まず、
「学校閉鎖」
から行ったのだ。
そもそも、学校閉鎖というのは、
「学校側や、家庭との事前の打ち合わせがあって、体制が整ってから行う」
というものであり、
「まわりから反対される」
とでも思ったのか、ソーリは、
「側近の誰にも話さず、独断」
ということで、
「学校閉鎖を決めた」
のだった。
そもそも、海外から入ってきたものなので、
「これ以上の侵入を止める」
ということをしてからでないと、国内だけで、
「蔓延防止」
をしても、まったくの無意味だということを分かっていないのだ。



