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一つではない真実

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「生きていく上での当たり前のことだった」
 といえるだろう。
 だから、
「絶対に結婚させる」
 ということで、
「許嫁」
 などということがあったのだろう。
 もちろん、人間は、
「異性を好きになる」
 ということが基本で、
「種の保存」
 というものの営みができてくるということになるのだろうが、結構というものを、
「家同士の結び付き」
 ということから、
「親が子供の結婚相手を決める」
 という時代もあった。
 昔であれば、
「戦国時代」
 などというと、
「政略結婚」
 ということで、
「同盟関係を結び、領土保全を図る」
 という時代があった。
 ただ、
「大日本帝国」
 の時代は、
「国防」
 という観点から、
「徴兵制」
 というものもあり、子供ができれば、
「天皇陛下のために、兵役に服する」
 ということで、
「男子をたくさん作る」
 という時代もあった。
 ただ、時代的に、不況にあえぐ時代というのもあり、
「農村などでは、娘を売りに出さないと、次の日の生活ができない」
 などということでの、人身売買が、行われた時代もあった。
 それでも、大東亜戦争に突入すれば、今度は、その徴兵制が、
「男子に対して、学生までにも、赤紙が届く」
 ということで、結婚というものが、
「赤紙が来た」
 ということで、
「兵役に就く前に、男の悦びを味わっておく」
 ということが当たり前のこととして、
「急遽結婚」
 ということが行われた。
 男性も、
「生きて帰ってこれる保証がまったくない」
 ということで、白羽の矢が立った女性としても、まるで、
「人身御供になった」
 かのように、出征する夫に身体を任せ、夫が出征していくと、今度は、
「嫁いだ家の嫁」
 ということで、こき使われることになる。
 特に、戦時中の婦人会などにも駆り出され、まだ、男尊女卑の時代だったことで、かなりのみじめな思いもあったことだろう。
 それが、結局は、敗戦を迎え、
「大混乱の戦後を何とか乗り越えると、そこには、戦勝国から押し付けられた、民主主義」
 というのが待っていた。
 要するに、
「全国民が法の下で平等で、人権というものが保障される」
 というものだ。
 徐々にであるが、
「男尊女卑」
 という考え方もなくなっていき、
「もはや戦後ではない」
 といわれるようになると、今度は、それまで差別を受けていた人たちが、立ち上がり、
「古い風習」
 というものが、なくなっていくというものである。
「特に男女差別」
 であったり、
「住んでいる地域の問題」
 としての、
「部落問題」
 そして、
「同和問題」
 などというものが、学校教育によって、その考え方が、それまでとまったく違う、
「民主主義」
 というものが、植え付けられることになった。
 そんな時代に、
「結婚」
 というものも、今までのような、
「親が決めた結婚」
 として、形式的な、
「見合いによる結婚」
 というものから、
「結婚相手は自分で決める」
 という、
「恋愛結婚」
 というものに、徐々に変わっていったのである。
「見合い結婚」
 というものが、
「親が決めたもので、しかも、女性は男性の家に嫁入りする」
 という昔からの、
「家督相続」
 というような考え方が、蔓延ってきたが、恋愛結婚という考え方が出てくると、
「それが当たり前」
 ということになった。
 しかし、恋愛結婚というのは、それまでの、
「家督相続制度」
 から考えると、
「実に民主的で、自由な発想」
 といえるだろう。
 しかし、逆に考えると、
「家」
 というものから離れて、個人主義ということで、
「個々の責任の下に結婚する」
 ということを、どこまで分かっているのか?
 ということである。
 確かに、
「結婚は自由にできるし、好きな人と結婚する」
 というのが、一番の理想だというのも、間違いではないだろう。
 しかし、そのために、それまでの、
「見合い結婚」
 というものに比べ、その責任の度合いが、はるかに高くなっていることに気づかず、
「ああ、好きな人と結婚できた」
 ということで、
「結婚というものが、ゴールだ」
 と考えてしまうことが、大きな軋轢を持たせる時代もあったのだ。
 親が結婚した頃は、
「恋愛結婚」
 などというのは、
「ありえない」
 と言われ、
「恋愛結婚を最先端の考え方だ」
 と思っている若者からは、それまでの、
「結婚制度が、実に古臭く、バカげているように思えてならない」
 ということになる。
 時代を動かしているのは、
「これからの若い連中」
 ということも、時代の流れで変わってきたことだ。
 それ以前は、
「年寄りの考え方が、亀の甲より年の劫」
 ということで、まるで、
「長老の考え方が絶対だ」
 というような時代から、戦後復興においては、どうしても、若い力が必要ということで、いつの間にか、
「長老が、偉い」
 という考えから、
「社会を動かすのは、若い連中」
 と代わってきたことで、軋轢も次第に、若者に有利に進んでくることになるだろう。
 そうなると、
「恋愛結婚というものが当たり前だ」
 というようになり、
「恋愛結婚というものが当たり前だ」
 ということになると、次第に、
「若者が力を持つ」
 という時代になってくる。
 それが、
「高度成長の時代」
 というのを生み、次第に、
「日本が、世界の最先端」
 ということになってくるのだった。
 そういう意味で、
「民主主義の最先端」
 という考えが出てきて、恋愛結婚というものも、当たり前になってきた。
 だが、そこには、
「いいことばかりがクローズアップされる」
 ということでの、影の部分が、潜んでいるということを、誰も気づいていなかったのかも知れない。
 恋愛結婚のピークから、20年くらいで、その、
「結婚」
 ということが、まったく違った形になってくるということを、
「果たして誰が、想像したことだろう」
 ということである。
 それこそ、平成になってから、それまで、浮かれ騒ぎ状態だった、
「バブル経済」
 というものが崩壊し、結果として、
「社会の大混乱」
 というものを引き起こし、一番の問題は、
「そのバブル崩壊というものを、誰も予知できなかったのか?」
 ということであった。
「絶対に銀行は潰れない」
 という神話だったものが、一番に破綻してしまったことで起こった、
「バブル崩壊」
 知っていたからといって、どうなるものでもないかも知れないが、今となって思えば、
「これが一番の疑問だった」
 といってもいいだろう。

                 結婚と不倫

 結婚というものも、恋愛結婚というものが流行りだしてから、数十年くらいで、
「まさか、離婚がここまで増えるとは?」
 と、誰が想像しただろう。
 だから、離婚が増え始めた時、
「見合い結婚などの場合であったら、もっと、ひどい状況だったんじゃないか?」
 と考える人もいるだろう。
 そもそも、恋愛結婚というのは、
「知り合ってから、交際期間というものがあり、そこから結婚ということになる」
 というのが、結婚までの段階だ。
作品名:一つではない真実 作家名:森本晃次