心の奥底の願い
そう言い、フォレストは大きく剣を振りかぶると、狙いをつけた所に剣を振り下ろした。パリン!という音と共に目には見えないが結界が割れて消滅した。
「くっ!!」
必然的にエスナはフォレストの剣を自分の剣で受け止めなければならなかった。結界の薄い所を狙われた様だった。訓練不足を感じながらエスナは必至にフォレストの剣を受け止める。だが、フォレストの剣圧で既にエスナは左肩に裂傷を負っていた。
エスナは腕を震わせながらも諦めずにフォレストの剣を止めていた。それでもゆっくりとエスナの剣は押され、怪我した左肩へと近づいていく。
「力では差がありすぎる様だな」
くすり、と、フォレストが笑うと、エスナは負けじと鋭い目付きでフォレストを見上げた。初めて至近距離で瞳と瞳が合い視線がぶつかる。
「・・・!?」
エスナの瞳を間近で見たフォレスト。彼女の瞳に大切な思い出が重なる。
「・・・クレア・・・?」
思い出の瞳は金色だったが、クレアという少女の瞳がエスナの美しい紫の瞳に重なった。優しい瞳に時折燈す意思の強さ…エスナの瞳に大切な思い出が重なり、フォレストは動揺していた。
「え?」
エスナはフォレストの呟きに反応したものの、聞き取れず上級魔法の詠唱を始めた。・・・が、フォレストの剣から力が抜けていく。フォレストはエスナから視線を外さないまま、マシアスの居る所まですっと下がった。
「どうして、こんな女と!」
大切な思い出が重ならなければならないのかと、フォレストは舌打ちした。魔族を邪魔する憎き天の民。その一人の女に、美しく優しい思い出が汚されたようかの苛立ちを覚えた。
エスナは詠唱を止め後ろへと下がる。一体何が起きたのか全く分からない。
「戻るぞ!マシアス!気がそれた」
「えっ?あっ!フォレスト??」
身を翻し魔族の陣営へと向かい出すフォレストの後を、マシアスは困惑しながら追いかけていった。
「エスナ様、戻って早く治療を受けましょう」
エスナは怪我した左肩を押さえ、部下達に支えられるようにしながら去っていった。移動魔法を使ったのか、途中ですっと姿が消える。
「あ〜あ〜、帰っちゃった」
マシアスの余計な呟きに、フォレストはマシアスの後ろ襟首を無理矢理掴むと飛ぶスピードを上げた。
暫く飛んでいくと、前方に人影が見えた。
「フォレスト!マシアス!」
心配した面持ちで近寄ってきたのは騎士団が苦戦していた相手の、四天王NO、4のリブラだった。華奢な体をしているが、彼女もまた立派な魔族。四天王の中では一番大人しいかもしれないが、残虐非道さは引けをとらない。ショートカットの黒髪に映える真紅の瞳からは意思の強さが伺えた。
「げ、姉ちゃん!?」
マシアスはリブラの姿を見止めると、顔を引き攣らせ目を泳がせた。
マシアスとリブラは血の繋がっていない姉弟で、マシアスが幼い頃に捨てられていた所を連れてきて育ててきたのである。要はマシアスにとってリブラは姉であり母であり、とにもかくにも頭の上がらない人物なのである。
マシアスが親に捨てられた理由は、父親が魔族と知らず恋に落ち結婚した悲しい結果であった。耳は人間と変わりない形をしているが、魔族のハーフというだけで母親から優しくされた記憶は彼には無い。父は早くに亡くなり、邪魔とされたマシアスは捨てられた。そんなぼろぼろの子供をリブラは拾ったのである。
「マシアス迷惑かけなかった?」
リブラが心配げにフォレストに問う。フォレストは微かに眉を動かしたが、瞳を閉じ質問には答えなかった。リブラはフォレストの反応で十分な答えをもらった。
リブラは、きっ!と目を吊り上げると、マシアスの耳を掴み引っ張った。
「あいてててっ!痛いよ〜姉ちゃん〜!!」
「五月蝿い!出陣前に約束したじゃない!・・・で、何やったのよ!!」
引っ張った耳元で大きい声でリブラが問いただす。
「ん〜と・・・アクラスのセイ王子の婚約者にちょっかいだした・・・」
えへっ、と、マシアスは引き攣った顔で笑ってみせた。
「・・・・・・」
リブラの無言の様子が逆に恐ろしい。マシアスはびくびくとリブラを見上げていた。その様を見ていたフォレストは短く息を吐いた。
「私はクライアンを恨む」
ぼそりとフォレストが呟いた。出撃の命令を受けたのはリブラの隊だけ、そこで自分を連れて行ってくれと駄々をこねたマシアス。フォレストの親友である四天王NO,1のクライアンが、暇だったら付いていってやればの一言で自分がお守りをするはめになったのである。
「ところで、リブラの方の仕事は終わったのか?」
マシアスの耳を引っ張り続けているリブラに、フォレストは気になっていた事を聞いた。
「あ、ええ。聖騎士団が出てきたから引いたわ。目標の村は粗方焼き尽くした事だし」
「そうか・・・」
フォレストはそう呟くと腕を組み頭上を見上げた。次に逢った時には躊躇いなく戦えるだろうか?あの意志の強い瞳。フォレストは悔しげに唇を噛むと両手の拳に力を入れた。
どうしてクレアと印象がかぶったのか、それだけは全く分からなかった。
***
数週間後、エスナとルイスの二人は部下数名を連れて視察に来ていた。
眼下に広がるのどかな町並み、青々とした葉を茂らす森。とても穏やかな任務だった。魔族の気配も感じられない。エスナは飛ぶのをやめるとルイスを呼んだ。
「ルイス、魔族の気配も無い様だから別行動でいきましょう?」
エスナの提案にルイスもまた周囲の気配を探る。確かに魔族の気配が無い事を確認すると頷いた。
「そうですね。ですが、エスナ様?何かありましたらすぐ呼ぶんですよ?前回の様な事は止めて下さいね」
ルイスの言う前回というのは、フォレストとマシアスとの戦いの事であった。陣営に戻り手当てを受け、国に戻りセイへと報告をした。当然の事ながら、セイは顔を青ざめさせて今後同じ事の無いようにと、何度も注意をされた。それは控えていた部下達が驚く程のセイの慌て様で、エスナは思い出すと口元を緩ませた。
「分かっているわ。何かあったら直ぐに呼ぶし、魔族を見かけてもこちらから仕掛けはしないわ」
エスナはルイスと部下達の前で誓った。
「じゃあ、そうね・・・一時間後にここで集合しましょうか。私は予定通り森を見てくるわ」
森を指差すとエスナは微笑んだ。そして、皆お互いに見回る場所を確認し合い別れた。
エスナは小さな森に降り立つと、のんびりと散歩を楽しみながら歩いて回った。今回の視察はいざ戦いになった時の為の地形の確認と、周囲の情報収集である。地形を知らなければ不利になる戦いもあるのだ。
木漏れ日の中エスナは清々しい気持ちで森の中心部を目指す。やがて木々のないぽっかりと開いた空間に出た。そこは小さな池があり、絶えず湧き出る水が森の外へ向かって小川を作り流れていた。上空からは何も遮るものが無い為、池を照らす様に陽光が差し込んできている。
「あら、いい場所」
エスナは嬉しそうに池の淵に立つと、湧き出る水に手を付けた。冷たくとても綺麗な水だった。周囲は足首の高さ位の草が生え、戦いの際傷ついた者達を運ぶにはとても適した場所である。