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心の奥底の願い

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「分かった・・・。それに、医者に診せるには日が落ちてから移動しなければならないからな」
 闇に紛れて移動をしなければ仲間にも天の民にも見つかってしまう。もちろん、天の民にエスナを渡せば彼女は助かるかもしれない。でも、それは選べなかった。今、この状態はエスナの望んだ状態でもあるのだ。相当の覚悟をして戦いに現れたエスナ。まさか自分の手にかかることを望むとは微塵も思っていなかった。
 傷による発熱の為か、エスナは時折苦しげな息遣いをしていた。
 クライアンが気配を消して汲んできてくれた水に手布を浸し、それでエスナの額を何度も何度も冷やした。
 やがて再び日が傾き始めた頃、意識が戻らないエスナを心配げに見守りながらフォレストは呟いた。
「クレアの好きだった童話・・・」
 エスナを挟んで座っていたクライアンはフォレストを見た。
「王子のキスで目を覚ます眠り姫の話か?」
 昔、クレアはその童話がお気に入りで、よく読んでくれとクライアンはせがまれた覚えがある。
「ああ。私は王子ではないが試してみようか?天の民の姫君に・・・」
 フォレストはゆっくりとエスナへと顔を近づけていった。血の気の失せた唇に口付ける。
「・・・!」
 顔を上げたフォレストは驚きに目を見開いていた。エスナの唇が空気を求める様に微かに開いたかと思うと、今度は硬く閉ざされていた瞳が開いていく。視線が定まらないのか、暫く瞬きを繰り返していた。
「何かあったら呼べ」
 エスナの様子を驚いた様子で見ているフォレストの肩に軽く手を置くと、クライアンは気を利かせて洞窟の外へと出ていった。フォレストはエスナの意識がはっきりするまで待とうと思ったのだが、堪らなくなって彼女のまだ冷たい手をそっと取った。ピクリ、と、エスナは驚きを見せたがその感覚にエスナは傍に居るのが誰なのか気付き、漸く定まった視線をフォレストへと向ける。
「フォレスト・・・」
 意識もしっかりとしたエスナは、フォレストを見て優しく微笑んだ。
「泣いているの?」
 エスナの問いかけにフォレストは自分の頬を伝う涙に気付いた。安堵と嬉しさから何時の間にか涙腺が緩んでいたらしい。残虐非道な四天王であるこの"自分"がである。
「泣いてなどいない」
 それを認めたくなかったフォレストは反論したが、
「馬鹿ね。じゃあ、これは何?」
 フォレストの頬を伝う涙をエスナは細い指でなぞった。事実を突きつけられフォレストは気不味そうに眉間に皺を寄せた。
 ―が、ほんの僅かな間を置いて、フォレストは口を開いた。
「お前が馬鹿なことをするからだ!」
 そこからは堰を切ったように言葉が溢れる。
「どうして逃げる事を選んだ!どれ程私が心配したか・・・辛かったか分かるか!?クライアンが居なかったらお前は死んでいたんだぞ!!」
 フォレストは頬にあるエスナの手を包み込むように握り締めると更に言葉を続けた。
「愛する者を手に掛ける事の恐ろしさ!!」
 祈るようにエスナの手を握るフォレストの手は震えていた。初めて見たフォレストの怯える様。自分がフォレストの立場であったらとよくよく考えてみる。
「ごめんなさい・・・ごめんなさいフォレスト・・・」
 エスナの瞳からは大粒の涙が流れ出した。婚約者の居る身で愛してはいけない相手を愛してしまった自分。どちらの道も選べなかったエスナは、せめて愛する人の手にかかって散りたいという最低の行動に出てしまった。
「その通りだ。今更謝るのなら違う道を選択し直せ」
 涙を流しながら謝るエスナをフォレストは些か怒ったように見下ろしながら、傷による発熱から汗の浮かぶ顔を手布で意外にも優しく拭ってくれた。エスナの止まらない涙に、フォレストは呆れたように破顔した。涙を優しく拭うとエスナの汗ばんだ額へと口付ける。
「エスナ、お前をアクラスの王子から奪う。いいな?」
 外されている婚約指輪に、死ぬつもりで自分の前に現れたという彼女。答えは決まりきっているが、一応答えを聞くかの様に語尾は疑問形にしてみる。案の定エスナは紫の瞳をゆっくりと一度瞬かせるとしっかりと頷いた。それを確認したフォレストは、細心の注意を払いながらエスナの上半身をまず起こさせた。膝の後ろに手を差し入れると、ゆっくりとエスナを抱き上げた。
「応急手当はしてもらったが、早く医師に診てもらわねばならないから移動の間我慢してくれ」
 洞窟の入口に居るクライアンの元へとまずは向かったが、エスナは痛むのか時折苦痛に顔を歪めている。相当な傷を負っているのだ。だが我慢強いエスナは心配そうな顔をフォレストがしているのに気付くと大丈夫と微笑んでみせる。
 洞窟の入口から差し込む陽の光は、太陽が大分西に傾いたものだった。入口には銀糸の髪を黄金色に染めたクライアンが、腕を組んで向かってくる二人に微笑みながら立っていた。
「エスナ、彼が応急処置をしてくれたクライアンだ。医術の心得がある」
 フォレストの紹介にエスナは驚いた。クライアンと言えば、四天王NO,1の人物である。
「意識が戻って良かったな。後は早く医師に診てもらう事だ」
 クライアンは笑みを浮かべたままエスナの手を取り脈を取った。しっかりとした脈に安心したように手を離す。
「ご迷惑おかけ致しました」
 申し訳なさそうにエスナはクライアンへと謝る。
「気にするな」
 クライアンは唇の端を上げて見せた。今のこの時世では決して祝福されない二人。エスナはアクラスの王子の婚約者であり、人間を守る為に魔族と剣を交える聖騎士。フォレストは人間に恨みを持つ者であり、先頭切って人間を血色に染めゆく四天王のNO、3。
「行くのか?」
 クライアンは短くそれだけを聞いた。致命傷のエスナを天の民に帰さなかった時からフォレストの心の内は分かっている。二人共元居た場所にはもう戻れないと。
「ああ。行くよ」
 まずは何処かの村か町に潜り込んでエスナの傷を治療し、治ってからその先を考えようと思っている。自分達の事を知らない所が良い。
「エスナ、少し待ってくれ」
 優しく微笑むと、フォレストはエスナを岩場に寄り掛からせるように座らせた。クライアンと向き合うとフォレストは右手に短剣を出し、残る左手で癖のある長い黒髪を一纏めに束ねた。そしてその髪の根元に短剣を当てると、バッサリと髪を切った。長い黒髪はフォレストの左手に握られている。
「俺は死んだ事にしてくれ」
 クライアンへと遺髪となる髪を差し出した。長い付き合いのクライアンは驚く事無く、それを受け取ると大事そうに空間へと仕舞った。
「分かった。だが、お前に心酔しているマシアスは悲しむだろうな」
 少々厄介な事になりそうだとクライアンは苦笑を浮かべた。マシアスはフォレストに憧れ、兄と慕い師と仰いでいる。もちろんフォレストにとっっても、マシアスは可愛い弟分に違いない。兄弟の様なマシアスに真実を話せないのは心苦しいが、もう後戻りは出来ないのである。フォレストは左の耳に下がっている剣にも十字架にも見える様な、少々鋭い形をしたピアスを外すとクライアンへと渡した。
「マシアスが欲しがっていた物だ。強くなってくれると嬉しいのだがな・・・」
「心配は要らないだろう。あいつは必ず強くなる」
作品名:心の奥底の願い 作家名:水月 翔