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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Dreg

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 今のところ知っているのは、母と貝おばさん、おれの三人だけ。英二と真奈には、親父本人の許可が下りるまでおれは言わない。
「今回ばっかりは、思い通りにならんなあ」
 貝おばさんの言葉を聞いて、頭に血が上った。親父がなんでも自分の思い通りにしてきたという意味なら、お前はこの家の一体何を知っているのか。顔を出すと、母が肩の力を抜いたように見えた。貝おばさんが振り返ると、言った。
「洋一くんも、大変やね」
「うちは金の苦労だけはないんで、そこは助かりましたけどね」
 貝おばさんの家は家計がだいぶ煮詰まっていて、着る服は少しずつ低予算になっている。母が少し驚いたような顔をしていて、おれは自分が親父そっくりの言い回しをしていることに気づいた。底なしの悪意、冗談に見せかけた脅し、相手に深手を負わせる軽口。全部親父譲りだ。代わりをしないといけないとまでは、思わない。でも、誰かがやらなければならないとすれば、それはおれだ。
 車庫へ行くと、英二はクライスラーのぬりかべみたいなボンネットを開けて、整備書片手にキャブレターの様子を見ていた。おれはスターレットの遺品になったバンパーの傍に立つと、言った。
「土日な、おれも行くわ」
 英二は顔を上げると、ボンネットで頭を打たないように猫背になったまま、言った。
「兄貴がおったら、誰も近づいてこんやろ」
 その通りではある。英二は自分が店番をやったときに、諦めて帰っていく連中の姿を一度見ている。おれはメッキ工場のことを思い出しながら、言った。
「お前は、どこに隠れんねん」
 英二はおれの考えを読み取ったみたいで、首を横に振った。
「二人隠れるんは、無理やわ。ひとりでも鉄板近いから、めちゃくちゃ熱いで。真奈が端に寄ってても不自然やしな」
 おれはうなずいて、バネットバンの車体を軽く叩いた。
「ほな、車で張っとくわ。こいつやったら業者に見えるやろ」
「兄貴、車に興味ないのは知ってるけど。そのバンはあんまりやで」
 中古の日産バネットは、去年買った。ディーゼルのマニュアル仕様で、シルバーのボディはあちこちへこんでいる。おれは言った。
「そのアメ車と違って、意地でも止まらんぞ」
 英二は肩をすくめると、整備書に目を向けた。
「なんか、ジェットいうのが詰まってるらしい。止まっとる時間の方が長いし、もうええかなこいつも。おれがおらんようなったら、ほんまに誰も直さんやろし」
 おれは相槌を打つことなく、英二の立ち姿を見つめた。頭の中で何を考えているのか、よく分からない。いなくなったらということは、家を出る予定があるのだろうか。聞いてみたいが、どんな答えが返ってくるのか想像がつかない。英二は、本題の話が途中で終わっていることに気づいたようで、おれに笑顔を向けた。
「まあ、今度の土日は任せてや。二人隠れてもいけるようにならんか、見とくわ」
 おれはそれで納得して、金曜の夜まで過ごした。そして土曜日の昼前、バネットは使わずに、知り合いの家まで電車で出向いて年代物のトヨタターセルを借りた。かさタコの前に着いたのは昼の二時で、おれは路駐の車に混ざって、三十メートルぐらい離れたところから店舗の様子を窺った。相変わらず、繁盛している。真奈がひとりでテキパキと切り盛りしていて、客は真奈目当ての男たちだけでなく、家族連れもいた。想像よりもずっと、平和な光景だ。
 真奈に聞いた話だと、英二は例のひとり分のスペースに隠れて、嫌がらせ軍団が登場したらまずは真奈が対応し、足元にいる英二に爪先で合図を出す。そして『いつもの』が始まったら、真奈が後ろへ引いて英二が立ち上がる。まるでコントのようだが、相手は遠巻きに英二がいることを確認して避けるような、根性なしだ。ケショウさんのときほどではないかもしれないが、それなりに面白い結果になるかもしれない。そのときのことを思い出したおれは、なんとなく体の落ち着きが悪くなった気がして、シートの上で上半身をよじった。ケショウさんビビらせ事変は、どちらかというといい思い出だ。でも、その中の何かがおれの頭の中で引っかかっていた。それが何だったのか、今は思い出せない。
 一時間ぐらい経ったとき、店の手前で白のクラウンアスリートが停まり、男がひとり降りてくるのが見えた。英二から聞いた特徴だと、手下じゃない。今日はたまたま、ボスがひとりでやってきたらしい。大当たりの日だ。おれはシートを少し起こして、いつでも飛び出せるようにドアノブに手をかけた。遠目に見える真奈はしっかりとした表情で挨拶をしているが、内心はうんざりしているだろう。その目線が逸れたとき、足を動かしたのが体の揺れで分かった。真奈が半笑いですうっと後ろへ引いていき、英二が立ち上がった。全ての悩みから解放されたように晴れやかで、おれが見たことのない表情を浮かべていた。英二が何かに悩んでいないことなんて、今まで一回もなかった。
 おれはドアノブを掴んだが、何もかも遅かった。
 英二はボスの胸倉をつかんで引き寄せると、棚から抜いた包丁でその首を刺し貫いた。通行人が次々に振り返り、おれがターセルから飛び出したとき、真奈の悲鳴に近い声が上がった。
「英ちゃん! 何してんの!」
 三十メートルを全力疾走しながら、頭に引っかかっていたことがぽんと飛び出した。 英二は、ケショウさんがすっ転んだ後もずっと『殺したる』と呟いていた。あれは冗談ではなかった。英二はずっと、本気だったのだ。
 たこ焼き用の鉄板の上が血まみれになっていて、横倒しになったボスはすでに真っ青な顔で死んでいた。英二はおれの顔を見て、驚いていた。
「土日は任せてって、言うたやんか」
 その口調は、巻き戻しボタンを十年分ぐらい押したみたいに、幼く感じた。真奈が震える手でスマートフォンを手に取って、おれの顔を見るなり店舗から外へ出た。返り血を浴びて上半身が真っ赤になった英二は、血が泡立っている鉄板の上に包丁を投げ捨てると、小さく息をついた。真奈のスマートフォンを取り上げたおれが通報するのを見て、慌てた様子に笑っていた。


− 現在 −

 あの日、英二はすぐに警察に連行されて、真奈とおれは事情聴取を受けた。次の日の朝におれは病院へ行って、親父に英二が人を殺したと報告した。嫌がらせの件は全て知っていたからか、投薬で意識がはっきりとしない親父は呟くみたいに『そうか、あいつは大した奴やのお』と言っていた。
 真奈は家から出られなくなり、結局そのまま大学を辞めた。
 おおよそ半年が嵐のように過ぎ去り、英二は八年食らうことになった。裁判でも無言を通し、同じ状況になったら次は返り血を浴びないように殺すと言った。反省の色は一切なく、最後に話したとき、おれは言った。
『せっかくやから、中でもう一回誰か刺せよ。ほんで、ちゃんと死刑になれ』
作品名:Dreg 作家名:オオサカタロウ