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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Dreg

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 どこか体の調子がおかしいと言って入院した親父は、すい臓がんと診断された。笠岡家の反応は冷静そのもので、こういう『イベント』ごとが大好きな貝おばさんだけが大騒ぎしていた。中三のときにおれが喧嘩で警察に引っ張られたときも、中学校に上がったばかりの真奈が痴漢に遭ったときも、どこからかその話を聞きつけてやってきた。母は口が堅いから、そこから情報が漏れることはない。おれは親父が自分で広めているんじゃないかとすら疑っていたが、今回に限っては親父も病院に缶詰めだし、自分の病状のことを貝おばさんに言うわけがない。
 うちの母は、いわゆる美人だ。どうして親父を選んだのかは、都市伝説級の謎。それは『美人の遺伝子』を全部妹に取っておかれた貝おばさんからしても、同じらしい。でも、貝おばさんの旦那は男前だから、あべこべにくっつくようにできているのかもしれない。
 そんな貝おばさんは、まずは母を心配する振りをしてやってくる。そのときに必ず言うのが『美人薄幸』というフレーズで、おれはこれが死ぬほど嫌いだ。粘土細工のような顔のおかげで長生きできるとでも思っているのなら、それが思い上がりだということを証明してやりたい。今は母と居間で話し込んでいて、大学生になった双子の娘は、傾いた廊下の上でバランスを取りながら、馬鹿にするように笑っている。下の名前は紗良と葵で、字面だけは綺麗だ。
 ある程度顔が出来上がってから、名前を調整する法律があってもいい。おれはそう思いながら、成長していくにつれて名前に食われていく二人の後ろ姿を見ていた。おれは二十六歳になって、洋一という名前で違和感がないぐらいの見た目になったし、英二は名前の通りにたくましい雰囲気にイメチェンした。高校に上がるころには人を寄せ付けないオーラすら纏っていたのだから、大したものだ。ただ、仕事に関しては今イチで高校を出てもふらふらしていた。だからおれは、自分が入った運送会社の仕事を紹介した。予定通りなら、来年からは同じ職場で働くことになる。
 真奈は二十歳で、大学二回生。不肖の兄の頭脳が足りていない分は全て、真奈が受け取ったらしい。農学部で、よく分からない作物の品種改良をしている。そして今は、たこ焼き屋『かさタコ』の雇われアルバイト店長でもある。親父が気まぐれで生き返らせた、マンションの一階部分。何故か誰も近寄らない廃店舗があって、入っていた設備はたこ焼きと全く関係のないものだったが、勝富さんがどこからか機材を仕入れてきて、若干錆びついているが商品を提供できるだけの設備が整った。それが半年前の話で、親父の遺伝子を全て振り切って母のいいとこ取りをした真奈は、すぐに看板店長になった。ほとんどの客は、腹が減っているからじゃなくて、真奈からたこ焼きを手渡されるために来店する。客の頬の緩み方は、ほとんどキャバクラだ。おれと英二は『タコキャバ』と呼んで茶化しているが、仕事が忙しいおれは、英二にできるだけ顔を出すよう言っていた。真奈が客の相手をするのは構わないが、一線を超えないように見張っていてほしかったからだ。
 それにもうひとつ、悩みの種があった。長く廃店舗だったのは理由があって、ここに店があると客の流れが変わるらしい。つまり、かさタコが繁盛すると必ずその割りを食う店が生まれる。そういう店は自身の営業努力だけでなく、廃店舗が息を吹き返さないように根回しもしていた。そして、そんな小細工がうちの親父に通用するわけもなく、かさタコは繁盛している。そして、素性の分からない人間からの嫌がらせは、開店すぐから始まった。英二は今のところ遭遇しておらず、自分が前に立っていると避ける可能性があるから、今度は裏に隠れておくと言っていた。逃げ腰でトタンの裏に隠れていた小学校のころからは、想像もつかない。体格が人並み以上になるにつれて、何を考えているのかはよく分からなくなっていた。高校ではよくモテて、真奈のアドバイス通りの髪型を習得してからはさらに軽い雰囲気になった。しかしその目はどこか暗い光を放っていて、笠岡家の男という感じがする。
 おれが双子姉妹の瓜二つの背中を見ていると、真奈が洗濯したてのエプロンを抱えて通りがかり、おれの傍に来ると小声で言った。
「どうしたん、好きなん? どっち狙ってんの?」
「きしょいこと言うな。どっちがどっちか、考えてんねん」
 おれの声はよく通る。紗良が振り向いて、おれと真奈を荷物の段ボール箱みたいに見つめながら、言った。
「裏の沼から来てるんかな。もう十一月やのに、まだ蚊おるで。めっちゃ噛まれる」
 心無いクレームに真奈が肩をすくめて、おれは言った。
「ちょうどええわ。お前らの血吸うたら、蚊も早死にするやろ」
 真奈がエプロンに顔をうずめて笑いを堪えているのが、空気の揺れで分かった。紗良と葵はすでに両方が振り返っていて、その顔は湯気でも出そうなぐらいに赤い。おれは真奈に言った。
「タコおるぞ、目の前に。仕入れんでええんか」
 真奈は笑いながら顔を上げて、紗良と葵の顔をはっきり見たまま言った。
「店、潰れるわ」
 この歪んだ廊下は、おれたちの居場所だ。紗良と葵がおれたちを避けるように離れていき、おれはエプロンに目線を落としながら言った。
「嫌がらせ、落ち着いたんか?」
 真奈は首を横に振った。
「地味に続いてるよ。手下が二人おって、お買い上げした後に目の前で捨てよったり、店の真ん前車で塞いで、でっかい音楽鳴らしよったり。あのボスみたいな奴はアイデアマンやわ」
 英二と一緒におれも居合わせれば、それで解決するかもしれない。二人で屈みこんで狭い店内に隠れられればの話だが。メッキ工場の裏に隠れてケショウさんをビビらせたときのことを思い出しながら、おれは言った。
「今度の土日な、英二と後ろで隠れとくからひとりで店番やってくれや」
「誘い込むってこと? ワルやねー発想が」
「英二のアイデアや」
 おれが言うと、真奈はどっちでも構わないという風に肩をすくめて、おれに軽く体当たりした。
「ありがと」
 真奈が自分の部屋に上がっていき、おれは居間の近くで耳を澄ませた。母と貝おばさんが話し込んでいて、貝おばさんの声がよく通った。
「浩平くんのこともあったやろ。もうちょっと早くに相談してくれたらね」
 志門おじさんが自殺したときは、てんやわんやだった。親父があれほど取り乱すとは思っていなかった。あれだけ馬鹿にしてサンドバッグ代わりにしていたんだから、嫌味のひとつでも言って終わりかと思っていたら、完全に真逆だった。その関係にどっぷり依存していたのは、実際には親父だった。それで気力を失うのかと思いきや、親父は一度ひっくり返された亀みたいに、手当たり次第に他の人間をシャットアウトした。その状態は一年ぐらい続き、おれが高校を出てしばらくした辺りでようやく癒えた。
 おれは、達也のアニキに会えないのが寂しいと思っていたが、志門おじさんについてはそこまで悲しいと思えなかった。親父がブチ切れて志門おじさんの頭を横向きに張り倒す瞬間は、最初こそ気まずかったが、何度も見ている内に慣れてきて、おれは無意識にそれが起きるのを待っていた。
 ただ、今回の親父の病気だけは、もう手の施しようがないやつだ。
作品名:Dreg 作家名:オオサカタロウ