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レストラン

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「あちゃー」とため息をついて妻を見ると、「いわんこっちゃない」と肩をすくめて、「ちょっとお手洗い」と席を立った。
その間にステーキを探そうとメニューを眺めていたら、娘が言った。
「お父さん」
「ん? どうした?」
だが娘は歯切れ悪かった。私はおかしいなと思い肉料理をまだ探し続けていた。
「どうしたんだい詩音。何か食べたいのかい? それともデザート? 夜美味しいもの食べに行くから我慢しなさい」
「ううん。そうじゃなくて…おとうさん……って言ってたね、あの人」
「え? ああ、そうだね。きっとお手伝いだろうね。偉いよなあ、若いのに」
この時私はメニュー表に、そういえばハワイアンらしきメニューがないなと不思議に思っていた。
「あれおかしいな」と私は言った、「いやあ疲れかな。それとも年かな。肉が食べたいんだが目に入ってこないな…」
「あのね、お父さん──」
「あ、すみません、シェフに聞いてきたんですけど、今はやってないって…」いつの間にか戻ってきたウェイターが抑揚のない声で言った。
「ええ? そうなのかい…。いや、どうにも見つからないと思ったら……残念だなあ……。じゃあ、そうだ。ええとね──これにしよう! 〈当店オススメのツナコーンピザ〉! なんだあ、最初からこれにしておけば良かったよ」
しかし私がそう言うと、ウェイターは「あ」と言い、固まってしまった。
「ん? どうしたの?」
ウェイターは何か慌てたようにキッチンの方を振り返ってはこっちを見て、それから聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で「少々お待ちください」と言ってキッチンへと小走りに行った。
私はそこでウェイターの行く末を見届けた。キッチンの中は見えないが、小窓のようなものが横に長くあって、その隙間から中に人がいることが分かったのだ。そこでウェイターとシェフとが話し合っているのが見えていたが、一分もせずにまたウェイターがこちらへと小走りに来た。
「すみません! これも今やってなくて……」
私は思わず笑った。
「そうかいそうかい。いやあ、残念だなあ」
「あの…あの!」
「いやいやいや、怒ってるわけじゃないよ──そうかー…。じゃあ──」
と言って私は何気なくメニューを翻したら、そこに手書きで書かれてある餃子定食が目に入った。
「──お! いいじゃないか、これにしよう」と言って私は指さした。
「はい、かしこまりました。注文は以上でよろしいですか?」
「詩音もそれでいいね? ──うん、じゃあそれでよろしゅう」
ウェイターと入れ替わるように妻が戻ってきた。
「なに、まだ注文してたの」
「いやなあ──」
ウェイターが注文をロクに覚えていない、と言いかけたが、聞こえてしまってはかわいそうだと思い口を噤んだ。その代わりに腕を組み首を傾げてうんうんと唸って、口から出す代わりに態度でその不満と懊悩を示した。
「いやあ…ま、アルバイトだしな」
「確かに。どんくさそうよね」妻は察しがいいのか悪いのか、そう口にした。
「ま、いいさ。しかし、こんなハワイアーンな店に餃子焼き定食なんてなあ……コンセプト合わないだろうに…」
と思わず私が口を漏らすと、丁度私の後ろから──
「お待たせしました。生姜焼き定食になります」とウェイターの女の子が言って、
「お! 美味しそうだあ~。ありがとな、カスミちゃん!」
──と少ししわがれた男の声が聞こえてきた。
すると妻は「えぇ」と眉を顰めて、小声でこう言った。
「まじ? よほど店長さんはセンスないのね」
「いやいやいや、なめちゃいかんよ。美味いよ~、生姜焼き定食は」
「ねえ、お父さん」と娘が言った。「お肉料理さ、ないって言ってたよね? でも──」
私は振り返った。よれよれになった帽子を被った、やや水ぼらしい中年の男の前には確かに生姜焼き定食があった。湯気の立つご飯を片手に、きつね色の玉ねぎと豚ロース、キャベツの千切り、恐らく味噌汁の入ったお椀──肉料理はないと言っていたはずだ。
いや、と私はすぐに考えた。恐らくあの感じからしてメニューを全て覚えていないのだろう…そうでもなければシェフに尋ねに後ろには戻らない……──その上でないと言ったのならば、厨房もアルバイトなのか……そうは思えない。必ず誰かひとり社員か…この大きさの店ならオーナー自身がシェフをしていてもおかしくない……面倒臭い客だと思われたのだろうか。
そう考えていると、天窓から風が吹きすさび、びゅうびゅうと鳴った。そしてその風が店内の空気を循環させたのか、私の鼻腔にショウガとニンニクの香りが入り込んではおなかを余計に空かせるのだった。お腹がすくとイライラしがちな私だが、家族旅行の手前、台無しにするわけにもいくまいと思って、ため息をつくにとどめた。
「ほんとだね…」
それにつけてもお腹が空いた。お腹が空くとひもじい気持ちにもなる。
だが、オーダーしてからも、注文は一向に来なかった。私と妻の料理が遅れるならばまだしも、娘のお子様セットすら来ないのだ。一方で、店内はオーダーでひっきりなしになり、料理も次々と提供されていく。中には「よお!」とキッチンに声をかけると、席に着くや否やすぐに食事が提供される老人までもいた。これにはさすがの私も苛立ちを隠しきれなくなり、癖の貧乏ゆすりをしてしまっていた。それがテーブルへ振動が伝わり、妻もまた苛立って「ねえ、子どもの前で子どもじみたことしないでくれる?」と言うのだった。
「ああ、悪いな」
お腹が空くと実時間以上に時間が経っているように感じられる。腕時計の指針を見ても、実際には十分も経っていなかった。だが、私にはそれが二十分にも三十分にも感じられたのだった。お昼時前に入店したこともあってか、続々とお客さんがこの店にやって来た。窓の外には白い軽トラックがずらりと並んでいるのがぼやけた視界からでも分かった。店内の活気は増してきて、客同士の交流も和気藹々と見られるようになった。すると益々収拾がつかなくなり、注文も次から次へと運ばれていく──私たちの所を除いて。
すると娘が不図「ねえお父さん」と言った。
「どうしたんだい」私は努めて優しく問い返した。だが、苛立ちは消えていない。「お腹が空いたのかい? もうちょっと待ってなさい。もう来るはずだから」
「そういうことじゃないと思うよ」と妻が割って言った。
その一言で思わず頭に血が上りそうになったが、深呼吸をして落ち着き、娘にこう言った。
「何か大事な話があるなら後でにしないか? 詩音。今ちょっとパパはお腹が空いて……──お腹が空いてちゃんと話せそうにない。大丈夫、ちゃんと覚えておくから」
すると娘は俯いて「うん分かった」と言って頷いた。
妻はため息を漏らしたのに気づかないわけがなかったが、もう私はお腹が空いて耐えられそうになかった。
そして私は苛立ちが遂に抑えられなくなり振り返った──ら、そこに黒い服を着た若い男が私たちの食事を持って立っていた。
「お待たせいたしました」
黒いシャツにズボン、髪は七三分けで整えられ、群青色のエプソンを羽織っていた。目鼻立ちも整っており、それなりのフレンチかイタリアンレストランでサーヴしていてもおかしくなかっただろう。あるいはその所作から、本当に働いていたのかもしれない。
作品名:レストラン 作家名:茂野柿