後架の蜘蛛
——これが終われば佑月の一日の予定は終わったに等しい。残された彼の成すことと云えば、次に遅い朝餉、食後の喫煙、そして、ベッドに潜り只管に携帯に淫することのみ──とどのつまり、何の予定もなかった。彼の直近の予定は最早寿命による死のみとなっており、オスカー・ワイルドの言葉を一部借りて表現するのであれば、彼は生きているのではなくただ存在しているだけ──世にも珍しき鼓動と代謝を行う肥料にもならない無価値で低能な糞尿袋、獅子を食らいつくし己は平然と生きるゴミ虫に過ぎなかった。
ともあれ早速手持ち無沙汰となれば(常日頃からそうであるのだが)、三大欲求のあと一つ残る所も済ましておきたいとも佑月は思った。特段雄心勃発しているわけでもなかったが、何かと手癖の悪い彼はある種の依存症に陥ったとも言っても差し支えない程、事あるごとに己の棒を触ってしまっており、もっともその弊害が故、以前——帰国前日、初めての同衾が叶った際、その相手の膣内で全くイケぬという、ある種の呪いにかかっているのにその段になって気づいた。初めての閨がそこまで良いものではないなと佑月は思ったが、それは即ち、長年己が右手により慰撫されてきたマラが、既にしてその手中に収められてしまったことを意味していた。結句、何かの漫画で読んだ「イッたフリ」、即ち己のマラを彼女の膣内でピクピクと動かして放射した擬態をし、ゴムを見られずに処理をすると云うテで誤魔化してみたが、その晩以降、その女とは連絡が途絶えてしまったことを鑑みるに、成功とは程遠かったようである。
しかし、どうもこの感じは、先にいばりを出しておいた方が良さそうな塩梅であった。というのも、意識してなくとも勃勃としてきた己のマラのこの感じは劣情が為でもなさそうで、加えて眠気が完全に晴れて体がようやっと機能し出したからか、下腹部辺りの膨張がそろそろ限界を迎えようとしている感じを意識するに至れたのである。
だがどういう訳か佑月は風呂場を後にすると、己の尿意も一顧だにせず、洗面所の、やや屈まなければ顔が見えぬ所に引っ提げてある、利便性皆無な菱形をした鏡を前にして、虫でも見つけたかのように、己が顔を眺め続けるといった摩訶不思議な事をし出した。
足の位置をやや後ろに置くようにして屈み、シンクの縁に乗せた両腕に重心を置くような体勢で鏡をのぞき込まざるを得ないのは、その鏡は美恵の目線の高さに合わせられているが為ではあるが、そもそも電灯が佑月の目線の高さに設置されていては、必然的に鏡の高さも下げねばならない位置関係なのである。
それから暫時──と言っても五分もせぬくらい、その鏡を見続け、徐々に目が暗さに慣れ始めてきた頃に、視線の高さにある電灯を点けると、一度バチンと太い電線が切れたかのような音がした後、次に風前の灯火が如くバチバチと鳴り始め、その音に合わせるようにして、電灯は彼の顔に明と暗とを映し出した。明るくなれば己の窶れた顔が明瞭に見え、暗くなれば窶れた顔の凹凸に深い影を差し込み、そうした明暗は映る彼の顔をおどろおどろしいものにしてみせた。佑月の歪んだ認識では、その明暗の間には別なる人間が揺曳しているかのように見せたのであった。
すぐと灯りは安定し、佑月は己が顔を認める。落伍者となる以前にあった根拠と実績なき自信は、彼のナルシシストを証明したみたなものであろう。社会で生き抜く自信が霧散して尚、今の佑月が自裁せずここにいるのは、一点、己の顔の造形だけが彼の誇りの防波堤であったからであった。もっとも、何も彼の顔は特段良い訳ではなく、何も良い所がないが故にそれが唯一特出する部分に過ぎぬのであって、大甘に見積もっても中の上が関の山であろう容姿に過ぎない。しかし、そこに彼の身体付きをも共に評してみるのであれば、下の下の下でも足りぬほど醜い体つきをしているのである。彼の母方の家系は沖縄であり、その剛毛はどうにもその方からのものらしい。しかし、彼のぽっこりとしたお腹、彼をして大胸筋の発達だと思っている、ただ脂肪がひっつきたるんでいるだけの胸、かといって手足は細く、こうした様は妖怪の餓鬼を彷彿とさせよう。江戸時代、何かしらの飢饉でこうして飢えて腹部の膨張と瘦躯となった手足の百姓、そこに沖縄人特有の毛深さを、胸から足先まで覆ってやれば、今の佑月の姿見になる。
その鏡に映された佑月の顔は、彼の思う往年からの顔ではなく、不潔不衛生不細工極まりないものが映っている。髭や眉毛は三週間ばかり整えておらず、シャワーも最後に浴びたのはいつだったか、もし佑月が眼鏡をかけていたならば、恐らく瞥見するにも一寸度胸がいるくらいには不潔な様相である。
それらに加えて、彼の首元までをも覆い隠す長髪は油分によって一見サラサラに見え、だが仮にそれに櫛を通せば幾本もの長い髪の毛が絡まりつく。その長髪は彼の顎までかかっており、前髪を耳の左右にかければ、彼の顔の先にも述べた表現するのも憚られる不潔がありありと露見する。また、彼の眉にも沖縄特有が現れていて、その眉をして彼は中学の時に「ゲジゲジ」と揶揄われたこともあった。そうしたゲジゲジは二つではなく一つしかなく、つまり眉間にも眉毛が生えていた。髭の太さは年相応ものであるが、まだ完全には生えそろっておらず、また上唇辺と顎は太く濃い髭が生えてはいるのに対して、彼の角ばった顔のもみあげからエラにかけては疎らに、雑草がコンクリートを突き破って幾本か生えてきたかのような、変に不衛生さを醸し出す。かてて加えて、頬には産毛がうっすらと、そして右頬に一本だけ太く濃い髭が生えてきていた。二重瞼は疲労により三重にも四重にも重なっており、そのたれ目の目尻から目頭まで目ヤニがこびりついているのを、彼は親指と人差し指で摘まむようにして払った。父譲りらしい、彼をして大きすぎるとよく思うその鼻は、鼻筋が通り日本人離れしているものであるが、光が反射する程油でべたつき、また、鼻の毛穴という毛穴から芋虫が這い出るようにして油が出てきていた。鯉のように分厚く幅の小さい口の横、血色悪く紫色とも見てとれる唇の両端にはよく分からない白く粘度のある何かが糸を引いている。おでこは皮脂により照っているが、前髪を垂らす弊害は、それが相俟って吹き出物がこれでもかという程噴出することにある。これでも幼少の頃ハーフ顔だなんだと持て囃された男ではあったが、それが斯くも面影のない惨状ならば誰も見向きもしなくなるのは自明であろう。もっとも、外へ出る予定はないから見向きもへちまもなかろうが。
そして——やはり、彼の視界には平生通りの男が映っており、だが髪の毛がべたつくのだけはどうやら気になる点ではあったようで、首を右に傾げて髪に着いた埃を払うかのようにして手で軽く叩いた。そのまま、視線を左の肩に転じると、フケが粉雪のようにして積もっていたのを、軽く払いのけ、何もなかったことにした。
そして、またぞろ鏡を見つめ続けた。
何が佑月をそうさせているか、彼自身も何をそんなに己を見つめ続けるのか分からなかった。が、それはある種の現実逃避であるのだろう。——今、目の前にいる自分が、あろうことか彼の脳内では理想の自分となっているのである。