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後架の蜘蛛

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それを見て、佑月は何を思ったか、未だ海外への憧れを募らせるお年頃でもあろうと、帰国したばかりの己は無条件にそこに混ざっても良い、己がいい方面での異端児であろうとの断を下したのである。それは、彼が外国生活にて得た唯一の誉──即ち馬鹿みたいに肥大したプライドがそうさせたのであった。
佑月はかくして我が物顔でその集まりに悠々と入ってゆき、成人式での常套句的な質問の「佑月君は今何やってるの?」と云う返答を「海外。これから大学行くんだよね」と判を押したように言ってのけて上手くいなし(ているつもりに過ぎなかったろうが)、恰も己が日本という矮小な国に留まらぬビックな男だと誇示した後、「まあ、今はニートなんだけどね」と自虐的に微笑んでみせるのであった。それは、デキる男であれば謙虚たれ——と云うより、今の己の姿は仮初だと言わんばかりの、本然たる己は、海外でこれから何かしらの──そう、本当に何かしらを成し遂げてみせる、今はただの一時帰国であり、これからの大成への一過程に過ぎないのだということを、ありありと顕示してみせようと試みたものらしかったが、いかな二十歳前後の青年と云い条、その佑月の本性——所詮口先だけの瘋癲野郎と見抜くのは容易であったのだろう。彼の広くもないが深くもない交友関係にヒビをいれたのは言うまでもなく、彼が成人式後に呼ばれた集まりは、彼の幼馴染より、鼠算式に誘われた、同級生であれば誰でも知っている公園での、簡易的な同窓会のみであり、彼はあろうことかその場で管を巻き巻いてしまい、一人の女の子が彼を介抱してくれれば、彼は甘んじて彼女の膝に頭を載せようとしてドン引きされたのだったから、彼の器や底は知れるばかりで、爾来、同級生の集まりには一度たりとも呼ばれることはなかったのだった。
しかし、そんなことも露知らぬ、日本に帰国したばかりであったその時分の佑月は、さあ己の本領を発揮せんと鼻息荒くし、学歴も職歴もないクセして、何か、自分が海外帰りの、一端のエリートであるかのようにして、面接へと赴いていったのであったから、本当に大海を渡ったにも拘らず未だ大海を知らぬ蛙なのかと、一体彼は井の外で何を見てきたのだろうかと、鼻で軽く笑い飛ばされることも少なくなかったのだった。
結句、彼はすぐと仕事にありつけると高を括っていたのが仇となり、かてて加えて向こうで溜めた二十万と云う虎の子の大金の殆どを、唯一の友達でもあった幼馴染との呑みに費消してしまうと、一ヶ月も持たずに貯金の底が見え始めていた。
と云うのも、オーストラリアで覚えた一箱約三千円もした煙草が、日本ではワンコインでお釣りも帰ってきたのだったから、慾に躾けられた佑月がそれに味を占めないはずがなかったのである。蓋しく、帰国して二日も経たぬうちには手もなく足もなくヘビースモーカーと化し、天然自然その煙草の消費量に比例して金の浪費の方も嵩んでゆく始末。それに呑みなどが相俟ってしまえば、一ヶ月で消えゆくのもある種の摂理とも云えよう。——が、稟性より持ち合わせる彼の浪費癖が二年と溜めたストレスにより助長されただけに過ぎぬため、一ヶ月も持たずに、とは彼においてなんら関係がなく、それが仮令二ヶ月、三ヶ月になったとて、魯鈍な佑月の後先考えぬ享楽思想によれば早晩行きつく先は同じ、過去に散財した己を憎み始めると云ったものに帰結するだろう。
だが、これも結局は、己の享楽を、怠惰をするに事足りた資金がひいひい喘ぎ始めるのに——友人と遊ぶ折に少しく残高を気にしてしまう自分が厭になるだけの、どこまでも愚かしい故の懊悩なのであった。即ち、幾らまだ二十歳の青二才とは雖も、全くに就活する気もなければ大学へ行く気もない、モラトリアムを享受するだけの社会の塵屑に成り下がる決断を自ら下してしまったことを意味していた。
さてそうなると——いったいに怠惰に流されやすく出来ている佑月とは云い条、そろそろ本格的にバイトせねばなるまいとの焦慮が頭を擡げ始めた。が——前掲の通りに、尚も懲りずに己のエリートの類と勘違いし続けていたのだったから、どこまでも高望み甚だしい顛末に帰結するのであった。
とは云え、数か月も職無しの態であり続けると——快楽主義な佑月と雖も何度も何度も面接を落とされ続けると、さすがにもうどこでも良いから働きたいとの思いが上回るようにもなってきた。——とにかく金が欲しい、とかく、節約の為に減らしたニコチンを全て取り戻したい、その一心であった。
だがそこはやはり佑月、もうどこでも良いから、なぞとは所詮口先だけで、実際、所期のバーテンダーや高級レストランでのウェイターといった、彼の中でやっていて見栄映えする職業というのは一旦諦めることにするも尚、職業差別する始末で、それはどうやら、愚の骨頂式に聳え立つプライドがその一助を買って出ていた様子。
そこで佑月は、次いで働いてみたかった本屋というのに鞍替えしてみたのであったが、幸か不幸かこれが功を奏する形と相成り、彼は遂に職無しからフリーターへの昇格が叶った。
但し、かつて通っていた高校より百メートルも行かない所に構えてあったその古本屋に勤め出したはいいものの、どこまでも自分本位に出来過ぎている佑月をして、会社の手となり足となるのは御免蒙りたかったらしい。──プライベートを大事にする現今の流行にひと波乗っておきたかったのである──と云うより…
〈——まあ、俺はいつか成功するしなあ。こんな店でいつまでも燻ぶってねえで、とっとと資格取るなり大学行くなりして成功しなきゃなあ…〉
なぞと、依然人生を舐め腐っていた様子であったのだ。
また、早朝(といっても九時くらいからであったが、夜型と自負する佑月からすれ早朝も早朝である)勤務であるのもいけなかった。
如何せん、ただでさえ佑月の魯鈍な脳が働き出すのは夜になってからであり、彼の底の見える本領は陽が沈んでからが発揮みたな節がある。故に、深更まで作業と称したネット巡回をし、寝不足で仕事に向かうまでがワンセットなのであった。
蓋然、出勤時間に起きるなんて云ったことが多発し、加えて——何度も叙した前掲の通りに、その舐め腐った劣悪なる勤務態度が加算される形となれば、僅々二ヶ月ほどで馘にされるのもむべなるかな。寧ろ、その屑の佑月を、よくも二ヶ月も雇い続けてくれたものだったろう。——その時分において佑月は、ようやっと、自分が落ちこぼれに属する人間であると悟るに至ったのだった。
だが実こそ(と云うまでもないだろうが)、その落ちこぼれは何も今に始まった話ではなく、情動の面が母に理不尽に七度打擲された四歳時分より止まっている佑月をすれば、今までの人生において、彼は落ちこぼれ街道まっしぐらであったのである。
作品名:後架の蜘蛛 作家名:茂野柿