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後架の蜘蛛

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尤も、その血が佑月にも四分一流れているのだ、そう思うと子供を作る気も失せてくる(土台、子供を作っていい立場ではないのだが)。仮令我が子が美恵とは似ても似つかぬ子に産まれようとも、孫が美恵に似かねない可能性は皆無ではない。そうなってしまうと孫でも愛せなくなってしまおう。その美恵の余殃が後世まで、子々孫々の海原に宛ら和紙に一滴墨汁を落としてしまったが如くの、取り返しのつかぬものを垂れ流してしまうのである。
また、往時、親戚一同の集いにて、浦尻という名を残そうと名に固執する佑月や伯父に対し、美恵は「あたしの血を残せれば良い」と言い放っていた。その当時、十代前半であった佑月には訳の分からなかったが、それが形だけの成人となり、周りの、梅子に似た、勢い任せの後先考えぬ同級生らの出産報告をSNSで見ると、そうか、己もそう云う年であるな、との自覚が芽生え、すると、美恵の血が他者に混じり産み落とされる、美恵の残渣が子々孫々まで受け継がれる地獄絵図が瞬時に想起されてしまったのである。あの血を後世に遺すわけにはいかない——図らずも、美恵は佑月のどこまでをも簒奪しているのであった。
その血を最も顕著に受け継ぐのは佑月の母、梅子であり、彼女はよく父に似ていると称される人物であったのだが、それは、佑月は顔を知らぬが、海外へ何某財宝を探しに行き二つの意味で帰らぬ人となった佑月の祖父の圭司の事を指す。その圭司は、どうでも外国語に精通した高材疾走な人らしく、武道や和楽器にも精通し、加えてその妹の旦那たる佑月の大叔父曰く「語れば人に夢を見せる」という程口達者であったらしい。だが、巧言令色鮮し仁とも云う様にして、その子細は一切知らぬが事実のみを切り取ると、その十余年とかけても何某財宝の行方も見つからず仕舞いにとどまらず、佑月含めた五人の孫の顔すらも見ること能わぬまま、晩年は酒浸りとなり、それが因して階段から転げ落ちて死んでしまったのだそうだった。それに梅子は似ているというのだから皮肉ともいうべきか。
だが梅子は美恵の老婆親切の餌食にされたとでも云おうか、前掲の通りに美恵はまともな家庭環境を隔てておらぬ故か、人に必要以上にお節介をする人間で、それが為に梅子の自尊心は中々育たたなかったそうな。また、古い昭和の典型的な愚考であるが、女であるから勉学はしなくても良いとの教育方針でもあったそう。——性格や思考は圭司に似ておるが、愚考さは美恵に似たのが梅子らしい。言わずもがな、圭司は文武両道で頭も良かった(ら財宝探しなぞ行かぬだろうがそれはさておき)のに対し、梅子はただ一心に海外に行きたいと思う意思のみが育った空洞の人形なのであった。また、貧すれば鈍するとの兼ね合いも合わされば、梅子の知能は著しく低能と佑月に言わせるだけのものに成り下がるのは無理もないのであろう。その傀儡たる梅子に育てられた佑月なぞ、とうに生まれからして詰みであったのだ。
そも──土台、佑月の出生からして、彼の人生は詰んでいるのである。
当時、二十歳のフリーターと二十五の無職との間に生まれて出てきたのが、この佑月なのである。かてて加えて、片や母方の祖父の一家の第一子は悉くその一家の贄になっているともいえよう、それ即ち、例えば、祖父の長兄はある日不図錯乱して自殺し、祖父の長男たる佑月の伯父はシンナーのやりすぎで廃人になり、佑月の大叔母の長男たる従兄伯父は三十路を前にしてある日消息を絶ってしまっていた。——しかして祖父の代より三世代下ったところの長男の佑月が今、この愚態なのである、最早呪いとも云えるこの何かに気づいた時の絶望、陥落、脱落、しかして堕落に至るには容易であった。また、何が質の悪い話、これを母の二人いる兄の内の次男たる伯父に伝えてみる所、太平楽に笑い飛ばしたのだ、お前の考えすぎだ、と。
(あぁ、そうか、こういう所だ。こういう所で、皆殺されていったんだ。心が殺されていったんだ、こいつらは殺人者だ。死体は転がっているんだ、俺含めて、この一家の長男はこうして心を殺され、或いは錯乱の果て自裁し、或いはシンナーに溺れ、或いは行方不明となり、そうして俺は或いは…)
——訊くに、この一家の長男は繊細な心を持つ者が多かったそう、祖父の長兄と従兄伯父に関しては知らぬが、佑月も然り、シンナー漬けの伯父は殊更にそうであったらしい。
そもそも、二人の伯父と梅子は腹違いの兄妹なのである。故に、彼奴等とは祖父の分しか血が繋がっておらぬ、典型的な伯父甥関係とは少しく血縁関係が遠い。で、その長兄たる伯父は曰く、「ミヤコの血」らしい。その暴力的な地金は、時代柄体罰も許容されていた昭和と雖も目に見えて酷かったそう。
——因みに、ミヤコとは宮古島を指す、沖縄固有——と云う程でもないだろうが少なくともそう云うのは沖縄地方だけの呼び方なのだそう。現在では違うだろうが、当時はミヤコと云えば凶暴で血の気が激しい者達との認識があったそうで、佑月の祖父は母方のどこかにミヤコの血を持つのだそう。その圭司の父は宮城県出身で、出兵の際に沖縄へ行き、そこで祖父の母に出会い産み落とされたのが彼であったのだったが、しかし産み落とされたは束の間養子に出され、苗字を変えること五回、最終的に落ち着いたのが葛西であった。が、それも結婚の折浦尻に変えたのは、美恵の地金たる我儘気質が表に出て、名前を変えたくないと喚いた故からなのだったらしい。また、曰く本土に妻子を残しておった為に父は国許へ帰ったのだそうで、いつか会いに行く算段もつけておったのだそうだが、そこまでは佑月も知らぬ所である。
お察しの通り、母方の一家は沖縄のものである。今より五十年前、佑月の祖父母が駆け落ちする形で上京したのだそう。その理由は美恵の方にあり、義父一家の親族の誰かと結婚させられそうになったが故に逃げ出してきたのだと云った。
そうして東京に生まれてきたのが梅子である。その時分では二人の息子は十六歳と八歳、美恵二十九歳で、佑月の祖父は三十七歳であった。——この、美恵子と長兄の僅か十三歳差というのが、義母をするのは瑕瑾と云えた。
十三歳差と云えば、兄弟としては少し離れている程度の差である、親子であることは殆どの場合あり得ぬ。実際、佑月にいる腹違いの弟の差が干支一周分であるからに、それは兄弟の差と云っても差し支えないだろう。しかし、そこは南国系特有の太平楽な思考を持ち合わせる一家である、沖縄特有の伝法さが跋扈する一家である。その長兄——佑月の伯父、竜司は、佑月が等しく味わった老婆親切を特に味わった人間なのだと予想するのは、佑月自身もそれ等しい面持ちを味わったからに他ならない。
「竜司はあたしに言ったのよ。親父を取らないでくれって、離婚してくれって。あたしは断ったけどね。あの時の竜司は怖かったわ~」
作品名:後架の蜘蛛 作家名:茂野柿