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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Squib

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 浜井はシートの位置より頭を上げないようにしながら、開いたドアの隙間から様子を窺った。アウディの後ろにいる女は、自分が姿を見せた瞬間に引き金を引くだろう。だから、こうやって時間を稼ぐしかない。目に映る景色が予想通りに動けば、まだチャンスはある。放り投げたCZ83はすぐ目の前の茂みに落ちていて、グリップが見えている。今は無理だが、飛び出すだけで手の中に取り戻せる。
「降りるぞ。あんたは、ひとりで組織をめちゃくちゃにした。一応、申し立てはさせてくれ。いいな?」
 浜井はそう言って、自分の言葉が姫浦の耳に入る時間を稼いだ。あともう少しだ。アウディのさらに後ろから、片足を折られて痛々しい姿になった城田が静かに近づいている。右手は血まみれで使い物にならないようだが、その左手にはサプレッサーが装着された拳銃が握られていた。
 城田は警告信号を放つような全身の痛みに耐えながら、姫浦が持っていたコルトレイルガンの銃口を持ち上げた。もう少し近づかないと狙える位置に辿り着けないが、今の足の状態だと足音は消しきれない。撃つ準備なしで一歩でも踏み出せば、案山子のように立っているところを蜂の巣にされて終わるだろう。この足を動かしたら最後、何発残っているか分からないにせよ、空になるまで引き金を引き続けるしかない。城田は静かに深呼吸をしてから、足を踏み出した。振り返った姫浦と目が合ったとき、あちこちに揺れる銃口がどうにかしてその頭の方向へ向いた。距離は十メートル。当たるかは五分五分。引き金を絞ろうと力を込めたとき、城田は脇腹にタックルを受けて倒れた。馬乗りになった須藤は、振り上げたスパナに力を込めて呟いた。
「くたばれ」
 須藤は、城田の顔面にスパナを振り下ろした。一発目が鼻の骨を折り、二発目は前歯をバラバラに砕いた。三発目のために振りかぶったとき、城田の左手が力を取り戻してコルトレイルガンの銃口を持ち上げ始めた。姫浦は咄嗟に体を寝かせてくの字に折り、M632を持つ左腕を太ももの間に挟んで安定させると、引き金を引いた。32H&Rマグナムは城田のこめかみに着弾し、その体は糸が切れたように動かなくなった。須藤は飛び退くと、体を起こした姫浦と目を合わせた。そしてまっすぐ駆け出し、城田にやったのと同じように姫浦の体にタックルを食わせて、地面に押し倒した。同時に銃声が鳴ってアウディのサイドウィンドウが粉々に割れ、姫浦は仰向けになった体を反転させるとM632の銃口をメルセデスの方向へ振り、ドアの下に見えているシルエットへ向けて五発を撃ち切った。
 浜井は、拾い上げたCZ83を構えたまま呻いた。ドアの下を抜けてきた弾は、右足のくるぶしと膝下を砕いた。それは今までに想像したことのない、熱を帯びた激痛だった。メルセデスに掴まりながら立ち上がると、浜井はCZ83を構えたまま、アウディに向かって足を引きずりながら歩き始めた。こういうときに体が前に出る性格は、昔から変わっていない。少なくとも、こちらの銃には十一発残っている。これだけ間が空いたということは、相手は一時的に弾切れになっている可能性が高い。
 姫浦はM632のシリンダーを開き、薬莢を押し出してバックパックに右手を伸ばしたが、スピードローダーが入っているサイドポケットのファスナーにナイフが突き刺さって、壊れていることに気づいた。相手は間合いを詰めてきているから、悠長に取り出している時間はない。姫浦は城田が残していったナイフを右手で抜き、左手に持ち替えてから、須藤に向かって呟いた。
「私より前に出ないでください」
 引きずるような足音が近づいてくる。数発は食らうかもしれないが、頭さえ撃たれなければいい。姫浦は深呼吸をすると、足音から間合いを読んだ。そしてCZ83の銃口がアウディの車体から覗く直前、ナイフを逆手に持って地面を蹴った。浜井の驚いたような顔が目の前に現れ、その銃口が自分の顔の中心から逸れていることに気づいた姫浦は、ナイフを左腋の下へ滑り込まるのと同時に、覚悟を決めた。浜井は確実に引き金を引く。この角度なら左耳を吹き飛ばされるだろうが、首よりはマシだ。それよりも気になるのは、右腕からずっと流れ続けている血の方だ。コンマ一秒にも満たない時間に様々な考えが頭を巡ったとき、頭の真横で銃声が鳴った。
 目の前で浜井の頭ががくんと跳ねて、糸が切れたように真横に倒れ込んだ。姫浦は浜井の体からナイフを抜いて地面に捨てると、淡い白煙を纏う銃口に向かって呟いた。
「帰らなかったんですか」
 銃口から煙を吐いているベレッタM85を下げると、熊田は息をついた。
「上戸さんが、ここにいるはずだと」
 熊田が言い、姫浦は苦笑いを浮かべた。車でサボっているだけと思いきや、意外におせっかいな人だ。アウディの後ろから顔を出した須藤は、目の前で起きたことをようやく理解し、幽霊を見るような表情で声を掛けた。
「熊田さん」
 熊田は小さくため息をついた。
「馬鹿野郎。帰るぞ」
 姫浦は、城田の死体の傍に転がるコルトレイルガンを拾い上げて、潰れたモスバーグのスリングを肩にかけた。熊田は林の先を指差して、言った。
「車はあっちに置いてある」
 須藤が手を伸ばしてきたが、姫浦は首を横に振った。
「ありがたいですが、私はご一緒できません」
 須藤は納得がいかない様子でその場に立っていたが、熊田が一度頭を下げると須藤の肩を引き、二人は立ち去った。姫浦は、意識が少しずつ薄れて頭が軽くなってきていることに気づいて、アウディを背もたれ代わりにして座った。頭を野球帽ごと切り裂いていった傷は浅いが、新しい血はまだ少しずつ左目めがけて流れ落ちている。呼吸に合わせて右腕から点々と地面に落ち続けている血の出所はおそらく、二の腕だ。血の勢いからすると動脈が傷ついているから、止血剤を押し込まなければならない。バックパックのショルダーストラップを肩から抜いて背面のファスナーを開き、CELOXと書かれた止血剤の封を口で切り離したが、戦闘を優先している間に流れた血があまりに多く、自力で上手く処置できるかは、かなり怪しくなっていた。本格的に意識が薄れるまで、残された時間が少ない。体の機能が少しずつ鈍っていく中、右腕の位置を上げるためにドアミラーに引っかけようと力を振り絞ったとき、黒のプリウスが後退してきてアウディの目の前で停まった。姫浦が顔を上げると、運転席から降りた上戸が駆け寄ってきて言った。
「待て待て、ひとりでやるな」
 上戸は包帯でぐるぐる巻きになった左手を庇いながら、手首の部分を支点にして姫浦の右腕を高く持ち上げた。地面から拾い上げたナイフでジャケットの生地を切り離すと、銃創の隙間に止血ガーゼを押し込んで上から圧迫しながら、乾きかけた血で真っ赤になった顔の左半分に目を向けた。
「目は?」
「見えています。ライトの破片が頭をかすりました」
作品名:Squib 作家名:オオサカタロウ