Squib
平井が言うと、芦尾は説得で押し切られたように、USPの弾倉を入れ換えた。平井はグロック19の銃口を暗闇に向けて数発撃ち、立ち上がるのと同時にさらに撃ち続けた。芦尾も同じようにUSPで撃ちながら、宴会場から出て浜井たちが逃げた方とは逆の部屋に飛び込んだ。
「うまくいったぜ」
平井は壁に張り付いて、グロック19の弾倉を入れ替えた。反対側の壁を背にする芦尾は、成功したことが信じられないように、USPの弾倉をポーチから抜いた。その手がUSP本体へと伸ばされたとき、部屋の真横から散弾銃の銃声が鳴った。平井は、目の前で芦尾の頭が吹き飛ぶのを見て、部屋の中へ飛び込んだこと自体が間違いだったと悟った。咄嗟にグロック19を振ろうとしたときには、すでに目の前に散弾銃の巨大な銃口があり、その後ろに立つ女と目が合った。
姫浦は、平井の鳩尾にモスバーグM590ナイトスティックの銃口を向けたまま、引き金を引いた。雷のような銃声が部屋の中に反響し、即死した平井は真後ろに倒れた。姫浦はダブルオーバックを二発装填してチューブに五発が入った状態に戻すと、浜井と護衛二人の動きを予測した。廊下を伝って、外の車回しに出るつもりだろう。車に細工する時間はなかったから、先回りする必要がある。姫浦は敷地の外へ出ると、身を低くしながら三人が出てくる位置を予測し、モスバーグに安全装置をかけてスリングを肩に通すとコルトレイルガンに持ち替えた。
須藤は元の場所に戻り、新作を完成までこぎつけた。IS250は上戸が待機していた場所に返されていた。
勘は当たっていた。
須藤は、職を追われた熊田が介入できないのに、製造を続けていた。そもそも自分で鎖を外せるのだから、いつだって自由に出ていけるのだ。だとすれば、そのようにしない理由はひとつしか思いつかない。自分なりに目的を果たす手段を用意しているからだ。
爆発物を用意している可能性に気づいたのは、最初に須藤を脱出させたときだった。製造ブースの中が不自然に広くて、机の下に段ボール箱がすし詰めになっていた。田邊が言っていた『図体がでかいのは、物を隠すのに便利』という言い回しは、そのまま当てはまっていた。爆薬のタンク横に設置された制御基板を引き抜いたのは、須藤が泥のような顔色で眠っている間で、外でサボっていた見張りを殺した直後だった。
姫浦は暗闇の中で左手首を何度か回し、全体的に凝り固まっている体をやんわりとほぐした。これだけ長い間待機したのは、初めてだ。樋口に用意させた『脱出セット』を回収して吉松のところへ行き、車をギャランに替えて移動したのが、すでに三日前のこと。それから今日まで、ホテルが見下ろせる位置にキャンプを張り、山の中で過ごした。休暇の過ごし方としては、最悪の部類に入る。気にかかるのは、吉松が『お前より先に上戸が来た』と言っていたことだ。上戸は、須藤を逃がすために使ったプリウスを探していた。解体寸前だったと吉松は焦っていたが、解体済の方が有難かった。上戸を信用していいのか、今でもよく分かっていない。だから、最後の砦であるM632ですらジャケットのポケットに入れて、すぐ取り出せるようにしている。スピードローダーはバックパックの右側のサイドポケットに入っていて、これも数え切れないぐらい再装填の練習をした結果、この位置に落ち着いた。モスバーグM590ナイトスティックも、サプレッサーが装着されたコルトレイルガンも、自分が選んだ装備には全て理由がある。
昔は思いもしなかったことだが、全てが一秒でも長く生き延びるための道具だ。
姫浦は野球帽の角度を調整すると、コルトレイルガンを構えた。大きな屋根が張り出した車回しに停められたメルセデスの陰から、護衛のひとりが顔を出している。そして、その後ろに浜井が続いたとき、気づいた。もうひとりの護衛がいない。咄嗟に伏せて銃口を左に振ったとき、城田が開いた窓の内側から撃った一発が頭上を掠め、姫浦はそのシルエットに向けて二発を撃ち返した。金属音と悲鳴が上がり、銃に命中したことが分かった。
「外だ!」
城田が叫んだとき、姫浦はそれに逆らうように駆け出し、城田が後ろ向きに倒れた部屋の中へ飛び込んだ。右手の指先をバラバラに砕かれた城田は左手でナイフを抜いて立ち上がり、姫浦がコルトレイルガンを構える前に蹴りで銃口を弾き飛ばした。がら空きになった脇腹に向けて左手を突き出したとき、姫浦は間合いを取ることなく懐に入り込み、ナイフが宙を切るのと同時に左足を振り上げて膝蹴りを入れた。城田の肺から空気が押し出されて、再度振ったナイフは姫浦が背負うバックパックに突き刺さった。姫浦は城田の血まみれになった手を掴んでねじり上げると、バラバラに砕けた筋組織の隙間に指をめり込ませた。城田があまりの痛みに間合いを空けたとき、姫浦は右足のくるぶしへ向けて足を打ち下ろし、足首の骨を真っ二つに折った。
エンジンがかかる音が聞こえて、姫浦は再び外へ飛び出した。飛ばされた銃を拾っている時間はない。モスバーグのスリングを肩から抜くと、車回しまでを一気に走り抜けてメルセデスEクラスのエンジンルームと右フロントタイヤに向けて二発を撃った。メルセデスは急激な勢いで後退し始めたが、散弾がコンピューターを直撃したことでヘッドライトが点滅して車体がふらつき、コンクリート壁に後部から激突して止まった。姫浦は二発を再装填すると、メルセデスまでの距離を十五メートルと目測し、運転席に向けて一発を撃った。近くに停まっているアウディA6を遮蔽物にしてポケットからダブルオーバックを一発取り出したとき、岡崎が助手席側から這い出して、ブローニングハイパワーの銃口を持ち上げた。姫浦は伏せてモスバーグの銃口を低く構えると、岡崎の革靴が視界に入るのと同時に引き金を引いた。足首が吹き飛んだが、倒れながら岡崎が撃った数発がアウディのテールランプを粉々に割り、姫浦は側頭部に破片を受けて顔をしかめると、左目に入り込んできた血を拭いながら、横倒しになった岡崎の頭を狙うために体を起こした。モスバーグを構えたとき、上体を起こしてこちらを見据える岡崎と目が合った。銃口の向きを調整する間もなくモスバーグの引き金を引いたとき、岡崎が構えるブローニングハイパワーの銃口が光り、姫浦は岡崎の頭が跳ねるのと同時に、右腕に鋭い衝撃を感じた。咄嗟に伏せて先台を操作しようと左手を動かしたとき、岡崎が撃った一発が銃身を破壊して、そのまま右腕の上腕筋を削いでいったことに気づいた。姫浦はモスバーグを地面に捨てると、ジャケットのポケットからM632を取り出した。
「降参だ!」
後部座席のドアが蹴り開けられるように開き、声が響いた。姫浦は体を起こして、M632を左手で構えたまま動きを待った。全身は見えないが、手が出てきて拳銃を放り投げた。こちらから近寄るのは危険すぎるが、姿さえ見せてくれれば撃つだけで済む。



