夕凪の時間
「じゃあ、ジキルとハイドという物語りは、そのドッペルゲンガーの都市伝説を、派生させるという形で考えられたものなんじゃないのかな?」
とママが言った。
「なるほど、確かにそうかも知れない、ママさんは今、新鮮な気持ちで話を聞いているから、僕の話を素直に受け取ってくれているんだね。だから、僕は安心して話ができると考えているのかも知れないな」
と思うのであった。
「ドッペルゲンガーというものの存在が、ジキルとハイドのような、架空の話を思いついて、それを小説に書くというのは、何か、そう思わせるエピソードのようなものがあったのかも知れないわね。今なら私かあなたが小説を書いたとすれば、何か新しい発想が生まれてくるかも知れないわ」
とママは、漠然と話したが、その言葉に信憑性があり、
「ママも、なかなかいい発想ができるんですね」
といって、安心を得ていたママだったが、どうやら、この瞬間、つまりは、ママが最初に取っていたマウントを、いつの間にか少年に奪われ、さらに、その中から、ママの性格が表に出ることで、再度、マウントを取り戻したようだった。
「ママさんは、やっぱり、ジキルとハイドなんだ」
と、少年は思ったが、それ以上に、
「じゃあ、俺がドッペルゲンガーなんだ」」
と感じた。
そして、
「このまま死んでしまうことになるのかな?」
と感じたが、なぜか、
「怖い」
という感覚はなかったのだ。
「どうして、二人の間の、ドッペルゲンガーであったり、ジキルとハイドのようなものが存在しているのか?」
ということが分かったのかというと、
「この店のイメージがそう感じさせるのかも知れない」
ということで、
「もちろん、お互いに本当のこととして、死ななければいけない」
などということはないだろう。
「ありえない」
といってもいいのだろうが、
「昼間の二人に、影があるとすれば、それは、今のこの時間に存在している二人なのかも知れない」
と感じた。
しかし、それは、あくまでも、
「昼と夜とで、時間の進みが違う」
ということであり、それが、実は、歪でも何でもないと考えるのであった。
「そもそも、昼と夜の時間が、日本では日々違っているではないか?」
そんなことを感じていると、
「そういえば、もうすぐ夏至だな」
と思うようになってきた。
「今日も、隠れ家のような店を開けないとね」
ということで、まだ、明るさの残った、
「夕凪の時間」
ママは、誰もいない空間を見ながら、自分の中に、
「虚空の空間」
が果てしなく続いているという、おかしな感覚を感じていた。
「私はハイド氏なんだ」
ということで、消えてしまった少年をその夕凪の時間だけ思い出すことで、
「自分は、この時間が一日で一番好きなんだ」
と感じるようになったのであった。
( 完 )
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