本当の天才
「一つのことに集中すると、まわりが見えなくなる性格」
ということで、だからこそ、
「不安だ」
と思いながらも、その頼もしさに惹かれてしまい、工藤とは離れられないと感じたからである。
しかも、
「その工藤が、気になっている奥さんである、さゆりと何らかの関係があるのでは?」
と思ってしまうと気が気ではない。
なんといっても、自分にとっての頼もしさである工藤と、気になる女とが、
「夫を殺された妻と、その事件の目撃者」
という関係になるというのは、
「あまりにもできすぎている」
と思えたのだ。
そうなると、
「これは、偶然ではない」
と思えて仕方がないといえるだろう。
となると、
「奥さんと、工藤のどちらかが、近づいた」
ということになるだろう。
奥さんとは、
「痴漢行為」
というだけの関係で、しかも、
「俺が奥さんのことを知っているのは、自分がストーキングをしたからだ」
ということになるので、さゆりとしては、
「俺のことを知ってなどいるわけはない」
といえる。
あくまでも、
「痴漢行為を繰り返す男」
というだけのことで、感情がそこにあるのかは、定かではない。
少なくとも、
「嫌がっている」
というそぶりがないのは、
「あの女が、変態だからではないか?」
ということであり、
「それ以上でも、それ以下でもない」
と思ったからだ。
しかし、工藤の場合は、どうなのだろうか?
工藤という男とは、かなりの付き合いと、お互いが、
「親友だ」
といえるだけの関係である。
しかも、工藤の勘というのは、
「俺に対して、実に的確に示している」
というもので、
「なるほど、親友になるというだけのことはある」
と手放しで、頼れる相手ということになるのであった。
しかも、
「不安を感じさせる時」
というのは、素直に従っていれば、
「危機を回避することはできる」
ということで、
「工藤から助けられている」
といってもいいだろう。
それを考えると、
「俺は、工藤という男の、表裏に翻弄されている」
と思えてならなかったのだ。
ただ、今回のことは、
「ある程度まで把握しておかなければいけない」
ということで、工藤に話を聞いてみることにした。
特に、
「警察から何を聞かれていて、どう答えたのか?」
ということであるが、
「どこまで本当のことを工藤が話してくれるか?」
ということが分かるわけではないと思うが、
「まったくの嘘を話すわけではない」
と思えてならなかった。
むしろ、
「曖昧な感覚の中から、工藤は、本当のことを言っているに違いない」
と感じたのだ。
「木を隠すには森の中」
と言われるが、工藤の場合はそれだけではない。
それこそ、
「ウソというものを、本当の中に隠す」
というのは、よく言われることだが、逆も真なりということで、
「本当のことを、嘘に隠す」
ということもありであろう。
逆にここでいう
「本当のこと」
というのは、
「ウソの中に隠した本当のこと」
ということであり、つまりは、
「ウソの中に本当のことを隠し、その中に、絶対に隠さなければいけない嘘を隠す」
という、まるで、
「年輪」
のようなものということでの、
「負のスパイラル」
というものだといえるのではないだろうか?
それが、
「工藤と俺の関係だといえるのではないか?」
ということを坂田は感じるのであった。
工藤は、最初警察には、
「誰かを目撃したが、ハッキリと分からない」
と証言したようだったが、坂田が話かけてきたことで、何かを感じたのか、その翌日になって警察に連絡を入れ、
「すみません。思い出したことがあるんですが」
ということで、話をしたのだが、そのことを、工藤は後から、坂田に話をした。
「警察で話をしたのは、奥さんとは別に、あの旦那には、他に女がいるようで、その女が家から出てきた」
と言ったのさ。
ということであった。
「どうして、それをあとから?」
と聞くと、
「いやいや、それは、思い出したからに決まっているじゃないか」
と、まるで、
「何を不思議そうに話すんだ?」
と、
「当たり前のことじゃないか? 何かおかしいか?」
と言わんばかりだった。
確かに、その言葉におかしなところはない。
しかし、いつもの、
「頼りがいのある工藤」
とはまるで別人だったのだ。
「当たり前のことを当たり前の顔をしていう工藤なんか、俺にとっての工藤ではない」
とばかりに、勝手な理屈を感じていたが、そこに何かの違和感があるような気がしたのであった。
さゆりの家で、
「保険金殺人」
とばかり思っていたが、
「旦那に浮気相手がいた」
ということであれば、少し考え方を変える必要があると思った。
しかし、これは逆に考えれば、
「それこそ、その方が納得がいく」
ということであった。
大団円
それが何なのかというと、
「工藤のいうように、浮気相手がいるということを考えると、旦那には、奥さんであるさゆりに、後ろめたさがある」
ということになるだろう。
それを考えると、
「奥さんに、高い保険金を掛ける」
というのは、理屈としても、心情としても分からなくもない。
というのは、
「少しでも、保険金を高く掛けることで、奥さんに対してのうしろめたさを旦那として消そう」
と考えたからではないか?
しかし、そう考えると、
「さゆりは、旦那に浮気相手がいることを分かっていたのだろうか?」
と考える。
「そもそも、20歳近くも年上の爺さんと結婚する」
ということを普通に考えるなら、
「莫大な財産目当てだ」
とも考えられなくもない。
しかし、実際にそこまで財産があるわけではないが、
「遺産のかわりに、生命保険を残している」
ということで、
「旦那が死んでも、その後のことは、十分といってもいいくらいの保険金だ」
という。
ただ、殺害すれば、保険金をもらえない可能性が高い。
それを思えば、刺殺などという大胆なことをすることはないだろう。
だとすれば、殺したとしても、動機は、保険金詐欺ではないということになるのではないだろうか?
今のところ、一番怪しいのは奥さんだが、警察だって、放っておいても、旦那に浮気相手がいるということくらい分かりそうなものだ。
もし、さゆりが犯人だと考えれば、
「これは殺人だ」
ということの方がいい。
もし、自殺などといって判断されると、保険金が下りない可能性もある。殺人であれば、確実に降りるからだ。
そして、殺人事件だということになると、警察が捜査を行い、当然、浮気相手にも容疑が向くだろう。
そんな時、奥さんにアリバイでもあれば、さゆりは、容疑者から除外されることになる。
「まさか」
と、坂田は、無性に嫌な予感が襲ってきた。
それは、
「悪寒」
といってもいいだろう。
ぞくぞくとした感覚が身体に襲い掛かる。
というのは、
「さゆりという女は、この俺を目撃者に仕立てたのではないか?」
ということであった。
そこには、