カメハメハ王朝の開国と滅亡
「我は七回目の満月が来る前にマウイ島の王カヘキリを生贄にする。これは神託である。失敗したら我は自死する。お前たちも道連れにする」
マウイ島はハワイ島の隣の島である。人口が多く、戦士の数は数倍である。弱い者は常に虐げられる。カヘリキはハワイ島の民に養魚場修復の労役を強要することがあった。養魚場は河口に石組みを設け、小さな魚の増殖を助けるとともに成長して大きくなった魚が出られないようにする単純な仕掛けである。この島々では効果的な食糧増産の手段であった。
はたしてマウイ島遠征が成功するのか誰もが疑問を抱いた。カメハメハは強い意向を示すため、かつてキワラオが治めていたヒロにお触れを出した。
「マウイ島攻略の戦勝祈願のため生贄が必要である。四名の壮健な男を差し出すように。これは軍神クーカーイリモクからの神託であり、異論は許されない」
神殿建設及び、祭り行事のための生贄供出に続く三回目の命令であったため、先ヒロでは怨嗟の声が満ち溢れた。タロイモ畑では女たちが号泣していた。カメハメハへの復讐を誓った人々はキワラオの弟を担ぎ出し、反乱の機会をうかがった。
大型カヌー数十隻と西洋船フェアリーアメリカ号からなる遠征軍団が出港した。だが、内通者がカヌーで先に海を渡り軍容、上陸地点、そして作戦などすべての情報をカヘキリに伝えていた。
小男イオラニが率いる偵察隊が狼煙を使って危険を知らせ、カメハメハは上陸地点を変えて待ち伏せの難を逃れた。
カメハメハは静かに質した。
「敵は銃兵隊の存在を知った。カヘキリはイアオ渓谷のジャングルに陣を張った。こちらから攻撃したら包囲されて全滅する。死にたくなければ知恵を貸せ!」
ジョン・ヤングが言った。
「ヘイスティングの戦いをやったらどうでしょうか?」
「うむ、説明しろ!」
こうして銃撃戦に有利な開けた場所に敵軍をおびき出す作戦が採用された。
赤いマントを着用したカメハメハの影武者が先頭に立ち、マウイ島の大軍に対して真正面から攻撃を開始した。カニが巣穴から出てくるように多数の伏兵がジャングルの中から湧き出てきた。ハワイ軍は一斉に逃げ出した。翻る赤いマントを目印に追いかけてきたマウイ島戦士たちを待っていたのは二百丁のマスケット銃だった。
「敵の鉄砲は二百しかないのはわかっている。こちらは一万人いる。死を恐れるな!」カヘキリは叫んだ。
「ウ! ハ! ウ! ハ! ウ! ハ!」
戦士たちは縦長の密集陣形を組み、大声をあげながら近づいていった。
一斉射撃が虐殺を巻き起こしたが微塵の迷いもなくマウイ戦士は進む。白兵戦を挑むことができた少数の戦士は銃剣という未知の鉄器に倒れた。誰もが興奮状態に陥っていて側面攻撃をしようとするものは一人もいなかった。マウイ島戦士たちは死を恐れず、数的優位性を信じて攻撃した。突然、ジョン・ヤングの号令で銃兵が二十歩後退した。残りの銃弾が少なくなったためである。すると、十六ポンド砲が露わになり轟音とともに発射された。硝煙が銃兵の視界を遮るためそれまで発射を控えていたのである。水平射撃の砲弾が次々に敵の密集陣形を最前列から最後列まで貫いた。血と肉と骨が四方八方に飛び散る。想像を超えた衝撃がマウイ戦士の不安を呼び覚ました。
「まさか! 無敵の我らが敗けるのか?」
常勝の戦士たちは初めて勝利へ疑念を抱いた。
灰色の硝煙からカメハメハが現れ、地響きを立てて前進してきた。空高くそびえる赤い冠は敵兵を圧倒し、真紅のマントが翻った。その巨体は敵陣へと突入し恐怖に凍りつく敵勢を雷のような咆哮とともに押し潰す。大地が震え、マウイの空をさらなる熱気が満たした。赤い殺意に燃え滾る戦士たちが後に続く。
カメハメハの槍は後ろの味方を傷つけないように垂直に掲げられている。槍の回転動作のピポットを形成するために左手が8の字型に動きつつ左脇を締めた。左ひじの角度は固定されて体幹の動きを忠実に伝えた。鋭く踏み込み体軸はひねらずに膝の沈み込みに合わせるだけである。海面を叩く毎日の鍛錬で得られた独特のフォームは超絶的な打撃力を生み出した。
加速するカメハメハ軍団の進撃を目にしたカヘキリは敗北を宣言した。カヘキリの息子は縋り付いて叫んだ。
「父さん、僕たちの明日はどうなる! まだ負けと決まったわけではない!」
「お前はなぜ戦いの先頭に立たなかったのだ。カメハメハを見ろ! 勇気のない男は生きる資格がない!」
カヘキリは自分の息子を刺し殺し、マロを脱ぎ捨てて自らのペニスを切断した。自ら生贄になることで軍神クーカーイリモクの怒りを和らげようとしたのである。
紺碧の空の下、カメハメハ軍はマウイ軍に圧勝した。
味方の上陸地点と軍容を敵に伝えた裏切り者は捕えられ、両手両足を広げて樹木に縛りつけられ、生きたまま切り刻まれて勝者の食糧となった。
カメハメハは統一国家を創設することを最終目標にしていたため、戦闘に参加しなかったマウイ島民に危害を加えることを禁止した。この命令は英語で文書化されて残った。関与した人々の多くは文字を読めないため「文書に基づく法律」としてはほとんど意味がなかったが、これは明文化された世界最古の非戦闘員の保護法とも言われている。
マウイ島の次の標的はオアフ島である。オアフ島での戦いの最中に、キワラオの弟、ケアウェマウヒリがハワイ島のコナで反乱を起こしたという驚愕の情報が入った。オアフ島を大急ぎで制圧したカメハメハは勇者を選抜して強行軍でハワイ島に戻った。
洋上でのことである。突然、金床雲が現れて黒雲になり青い空を覆った。高いうねりに加えて横殴りの風が吹き始め、嵐となった。大型アウトリガーカヌーが多数転覆した。フェアリーアメリカ号に乗船していたカメハメハは無事だったが、多くの戦士が溺死した。劣勢での厳しい戦いが予想されたが、意外にも海岸で待っていたのは、降伏したキワラオの弟であった。
1か月前、コナの集落を襲撃して意気揚々と引き上げる反乱軍は最短距離の山越えの街道、プエオ・オ・オを進んでいた。グアバやオヒアが密集した森を抜けるとごつごつした岩がすり減ってなんとなく道のように見えるだけの裸地の街道になる。標高二千メートルの夜は熱帯地方でもかなり寒い。焚火で暖を取ろうとしたところ、地面が揺れ、轟音とともに樹木の数十倍も高い火柱が山腹から上がるのが見えた。空が真っ赤に染まった。
「噴火だ! 逃げろ!」戦士たちは持ち物を捨てて全速力で走った。
しかし灼熱の溶岩は生き物のように走り戦士たちに追いついた。足先が焼失して倒れた男たちはのたうち回りながら黒い炭になった。五十名以上の戦士が焼け死んだのは軍神クーカーイリモクの怒りによるものと誰もが考えた。キワラオの弟、ケアウェマウヒリは人々の勧告により降伏することになり、生贄になるため夜道を歩いた。殉死を申し出た従者たちが後に続いた。
作品名:カメハメハ王朝の開国と滅亡 作家名:花序C夢