小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Dirge

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 横野は短く答えると、コーヒーをテーブルの上に置いた。オカダは、余裕を見せるように椅子へ深く腰かけると、周囲の状況をもう一度確認した。護衛三人は緊張した面持ちだが、二人が横野の動きを観察していて、ひとりは外に気を配っている。そして全体を見渡すのは、屋上にいるタニムラ。つまり、これはいつも通りの仕事だ。大抵、間抜けな人間というのは人が休憩しているときに仕事を持ってくる。この横野という男も、そのタイプなのだろう。
「収穫はあったかな?」
 オカダはそう言うと、横野の反応を待った。ここを見つけるのは、さほど難しくない。新聞でインタビューに答えたときに名前を出しているし、地元民に何度もその姿を見られている。ある意味、一番探しやすい場所だ。
 そして、観光客を探すのも同じぐらいに簡単だ。
 横野は、仲間が少なくとも二人いる。ヤシマの店から尾行したシミズは、横野がケーキ屋のバンに乗り込み、住宅街の外れにある古い商店街へと向かっていったと報告した。その後は地元のチンピラに後を追わせて、バイクで出たひとりが空港のレンタカー屋近くにあるホテルへチェックインしたことと、横野が観光客向けのペンションに連泊していることを突き止めた。こうやって対面している男が、今朝どこでどうやって目を覚ましたのかを知っているのは、不思議な気分だ。横野は左耳に極小のイヤーピースを装着していて、その出で立ちは分かりやす過ぎるぐらいに『その筋』特有のオーラを醸し出している。
「目的は、私か?」
 オカダが言うと、横野は歯を見せて微笑んだ。
「はい、仰る通りです。お届け物と、伝えたいことがあります」
「私はもう、現役ではないよ」
 オカダはそう言うと、ポケットから衛星電話を取り出した。特定の番号に発信するだけで、全てが実行に移される。
 
 警察官が休憩に立ち寄ることで有名なドーナツの店は創業二十年で、向かいの雑居ビルの一階に去年できたケーキショップを、目の敵にしていた。今も家族連れがひと組訪れていて、古い町並みの歴史に逆らうような新しい看板や、小綺麗なショーケースといったものは、やはり目を引くのだろう。しかも、オーナーの関係者が切り盛りする物件だからか、今もオーナー自ら、軒先でチラシを配っている。いっそ吹き飛んでくれればいいが。そう思いながら、店主が常連の警察官にドーナツの箱を手渡したとき、ケーキショップが真っ白に光った。
 警察官が血まみれの頭を振りながら立ち上がり、店主がカウンターの後ろから体を起こしたとき、ケーキショップと家族連れが立っていた場所には、それまで何もなかったようにぽっかりと大穴が空いていた。オーナーが配っていたチラシが宙を舞っていて、全てが一瞬にして蒸発したようだった。

 空港のレンタカー配車場でマーチの出庫を準備していた店員は、防犯アラームが車庫から鳴り始めたことに気づいて、一度は無視してタイヤの空気圧チェックに戻ったが、誰もアラームを止めに行かないことに業を煮やして、キャップを目深に被ると、十数台が並ぶ車庫へと向かった。防犯アラームは一台の車から鳴っていて、点滅するハザードが薄暗い車庫の中をオレンジ色に染めては消えるということを、ずっと繰り返している。店員はドアを開いて、キーシリンダーに刺さったままになった鍵を抜くと、アラームを止めた。そして、半開きになったトランクを閉めようとしたとき、隙間から手がはみ出していることに気づいた。

 オカダは衛星電話をテーブルの上に置くと、言った。
「君には仲間がいるだろう。そのイヤーピースから、何か聞こえないか?」
 横野は肩をすくめた。
「静かですね」
 オカダは笑った。
「もう、連絡が来ることはない。残念だが」
 横野はそれには相槌を打たず、自分を待つタクシーを振り返った。

 展望台までのドライブを終えたイノウエは、遠くで上がった煙を見て、スマートフォンを取り出した。あの方向には、マチノがオーナーをやっている雑居ビルがある。キドの番号を鳴らしたが、三十秒ほど発信した後、不在着信に変わった。イノウエは自分の車へと急ぎながらシミズに電話をかけて、通話が始まるなり言った。
「お前、今どこだ?」
 その背景音で、返事を待つまでもなくどこにいるかが分かった。新しいクスリ仲間、服屋の宝来と一緒にいるのだろう。
「ボーっとしてんじゃねえ。マチノがいる方で、爆発があった」
 電話を切って車のドアノブに手をかけたとき、サブマシンガンからの一連射を背後から受けて、イノウエは即死した。  
 
 シミズはスマートフォンを眼前に掲げて目を細めたまま、緊張した面持ちでソファに座るヤシマに言った。
「マチノのいる方向で爆発があったから、ボーっとするなってよ。どういう意味なんだよな」
「事件ですか?」
 ヤシマはそう言うと、どうしても手をつける気になれない紫色の錠剤を見下ろした。宝来は確かに好人物で、持って帰りたい服があったら自由に着ていっていいよと、女優のような笑顔で笑う。今は特別に仕入れた薬を奥で調合していて、このままずっとここにいたら、素面では帰してもらえそうにない。ヤシマが帰るタイミングを見計らっていると、シミズはスマートフォンでSNSの情報を手繰っていたが、ふとその手を止めた。
「これ、マジかもしれんな」
 SNSに上がった動画は爆発事故現場を写していて、まだ煙が上がっている。一階が粉々に消し飛んだ雑居ビル。それはまさに、マチノが管理する物件だった。
「どういうこと」
 ヤシマが体を起こしたとき、宝来がアルミ皿を手に帰ってきて、言った。
「なになに、ニュース?」
「これ、見ろよ。やべーぞ」
 シミズがスマートフォンをテーブルの上で滑らせたとき、宝来はアルミ皿をテーブルの上に置くと、エプロンの内側から取り出したM&P9でシミズを撃った。長いサプレッサーから白煙が上がり、思わず顔を庇ったシミズの手が蜘蛛の入れ墨ごと吹き飛んだ後、二発目が左目の真下に穴を空けた。ソファから転がり落ちたヤシマが手をついて顔を上げたとき、前に回り込んだ宝来は言った。
「もう少し、頭を下げてほしい」
「あなたは……、誰?」
 震える声で言いながら、ヤシマは言われた通りに頭を下げた。宝来はその後頭部へ銃口を向けると、首を傾げた。
「んー?」
 宝来はヤシマの頭を撃つと、M&P9をエプロンの下に再び吊り下げた。自分は横野の部下だが、それを死ぬコンマ五秒前に聞いたとして、一体どうするつもりだったのか。宝来は姿見でベレー帽の角度を調整してから、シミズのスマートフォンを手に取ってメッセージを送った。

 横野は前に向き直ると、オカダに言った。
「ヤスナカを返しにきました」
 タクシーの方へ目を向けると、オカダは笑った。
「そうか」
作品名:Dirge 作家名:オオサカタロウ