悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(山陰(後編))
先ずは、炊飯器の固定だ。炊飯器をキッチンの横のテーブルの上にポンと置くならば、走行中に転がってしまうので、固定する必要がある。そこで、厚手の紙の箱の中に発泡スチロールで固定されて炊飯器は届いたので、その箱の下半分を使って、キッチンの100Vのコンセントの横に、ブックエンドで箱の位置を決めて固定すると、走行中でも多分ずれない。それを「炊飯器セット」と呼ぶことにした。なお、炊飯しない時は、「炊飯器セット」は冷蔵庫の下の収納棚に保管しておくので、マジックテープで着脱が可能にした。
今回の旅での初めての炊飯は、「炊飯器セット」をキッチンの所定の場所にセットして、1合の米を炊くことにした。
妻のアドバイスに従って積み込んだ「無洗米」を1合、釜の1合の目盛りまで水を入れて、キッチンタイマーを30分にセットした。これは米を水に浸す時間だ。それにしても、米を研がなくて済むのは手間要らずで嬉しい。
山間の温泉街に向かって歩き始める前に、駐車場の横に立っている温泉街のマップを見て、3つの共同浴場を探した。狭い路地や階段を上ったり下ったりと少々複雑な道順になるため、デジカメで撮って、それを見ながら歩くことにした。
このやり方は、マップなどの情報を事前に入手できない場合の私の対処方法で、これまで何度も助けられ、パリの街でも、この方法が有効だったことを思い出した。
ひとりで、南米アルゼンチンへの海外出張の際、パリでの飛行機の乗り継ぎが悪く、シャルル・ド・ゴール空港で7時間もトランジットする旅程になってしまった。
その空港内で持参した小説を読みながら待つよりも、フランスに入国して「エッフェル塔」でも見物するショートトリップをやることを選んだ。
早速、入国審査を受けてから、空港から電車で「エッフェル塔」の最寄りの駅まで行き、「シャン・ド・マルス公園」の芝生の上から、公園内の北側に聳え立つ美しい「エッフェル塔」を眺め、セーヌ川に架かった「イエナ橋」を渡り、対岸の「トロカデロ庭園」まで行った。
このように書いてしまうと、パリを知っているように思われるが、フランスは初めてで、ガイドブックもマップも持っておらず、かなりドキドキしながらの行動だった。
「トロカデロ庭園」から「エトワール凱旋門」、いわゆる「凱旋門」まで足を延ばしてみようと思い付いたが、どこを、どうやって行けばよいのか分からず、セーヌ川の対岸に見える「エッフェル塔」を暫し眺めていると、ひょっとしてと思い、着陸態勢に入った飛行機の窓からデジカメで撮った凱旋門を中心に放射線状に伸びるパリの町並みの写真を見たところ、「エッフェル塔」の一部が写っているではないか。この距離感も分かる1級品の情報を手掛かりにして歩いて向かうことにした。
凱旋門までのパリの町並みを歩き、コーヒーショップの前では道にテーブルが置かれ、そこに座って何やら飲んでいるパリジャンとパリジェンヌ、映画のシーンそのもののような風景にも出くわした。すると、その男女は映画スターのようにイケメンと美人に見えてくるのが面白い。
そして、巨大なロータリーの外周までたどり着いた時、その中心に威風堂々とした「凱旋門」を見ることができたのは感動した。
それからは、ぐるりと外周を歩き、歩いてきた通りを再び歩き始め、「イエナ橋」まで戻り、空港までの電車に乗ることができた。ショートトリップは終わり、出国審査、搭乗ゲートで2時間待って、南米に向かう便に乗り継いだ。
残念なことが幾つかあった。先ずは、ドル紙幣しか持っておらず、ユーロでしか受け付けない「エッフェル塔」の入場料を払えず、登れなかったこと。これは残念の極みだった。
更には、「凱旋門」にも登らず、「シャンゼリゼ通り」も歩かなかったことだ。再訪の意思を固めた。が、いつになるやら・・・。
このように、観光地に立っている「町並みのマップ」の写真と同様、飛行機から撮った「空撮写真」も、道案内には十分に役立つことが実証されたのだ。
話を日本国内の「キャンピングカーの旅」に戻そう。
駐車場から温泉街に続く道は、「ジル」で走るにはやや狭いようで、歩いて正解だった気がした。道端には「外湯めぐり 御前湯 やよい湯 さつき湯」と書かれた看板が掲げられていて、それはまさしく、今からの行き先そのもので、嬉しさも手伝い、私は歓迎されていると勝手に解釈した。
そこからのおよそ100mは、いわゆる普通の、少し古い町並の中の狭い道で、果たしてこの先に温泉街があるのかとさえ思ったほどだった。
左手に広い駐車場が見えてきたポイントから見えたのは、狭い山間の斜面に建ち並ぶ旅館や民家で、その間にはクルマが入れない路地と石段があり、最初は混沌とした景観に見えたものの、じっくり見ていると、この温泉街が発展した歴史そのものに見え始めた。面白いものだ。
ただ残念なのは、湯けむりが見えないこと。福岡県の私の実家からそう遠くはない大分県の別府、そこは湯けむりが立ち昇る数多くのホテルや旅館が並ぶ温泉街があり、その風景とは正反対の「有福温泉」、山間の高低さのあるひっそりした温泉地のという印象がした。
「外湯めぐり」とは一般的には「湯に浸かる」ことが前提だと思うが、私の今回の場合は、湯に浸からず「ただ見て回る」だけだが、いずれにせよ、そんな「外湯めぐり」を開始しようと、先ず向かったのは「御前湯(ごぜんゆ)」だった。
先ほど撮った温泉街のマップをデジカメのモニターに映し出し、目の前に広がる景観と照合すると、坂道と階段を上って行けばよいことが分かった。そのとおりに進んでいると臭ってきたのは温泉地特有の硫黄のものだったが、少し弱い感じだった。それからすぐ、「御前湯」の正面に出た。
鄙びた温泉建屋をイメージしていたので、目の前の西洋建築風なレンガ造りの大正浪漫を感じる外観とのギャップに驚き、そして登って来た道などを振り返ると、有福温泉街の風景が小さな箱庭のジオラマに見えてくる驚きの連発だった。
次の外湯「やよい湯」に向かうには坂道を下ることになった。
「ジル」を停めた場所から歩いてきた道の、「御前湯」に登ったポイントのさらに先にある駐車場の横に「やよい湯」の温泉小屋が見えた。
入口の引き戸を開けると、番台には人はおらず、ちょっとだけ中を覗いたところ、タイル張りの床にタイル張りの湯船が見え、レトロな感じはなかった。
最後の外湯「さつき湯」は、ひとつ手前の駐車場の横にあった。「やよい湯」よりは整備された外観で、番台の女性に、少しだけ中を見させてくれとお願いし、覗いたところ、タイル張りで、こぎれいな内装だった。
最初から湯に浸かる考えはなかったが、見て回っている内に、ひょっとして浸かりたい気分になるかもしれないと思い、タオルを持参してはいたが、その気分には至らず。先ほど浸かった温泉津温泉の湯の感覚が残っていて、それをもう少しキープしたいと思いながら、「ジル」に戻ってきた。
ちょうどその時、30分にセットしたキッチンタイマーが鳴り始め、炊飯器のスイッチをオンにして、有福温泉街を後にした。