悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(山陰(後編))
かつて石見銀山が好調なときは積出港として、また物資の搬入も多く、温泉津は賑わったが、銀山の衰退後は北前船の寄港地として栄え、鉄道網が広がると北前船がなくなった。すると、人口は流出し、小さな旅館と湯治場の地になり、温泉津の街はレトロな雰囲気を残したまま、今に至っているように思えた。
温泉津港に面した観光案内所「ゆうゆう館」に「ジル」を停めて、鄙びた感じの立ち寄り湯を紹介して頂き、タオルを提げて、入手したマップを見ながら、レトロさ具合が次第に強くなっていった狭い通りを歩き、「共同浴場 元湯泉薬湯(もとゆせんやくとう)」を訪ねた。
外観はモルタル造りで、番台の窓を挟んだ男湯と女湯の入口の上にある年代物の彫刻が施された軒が特徴的で、それらが全て古く、そのレトロさは100点だ。いつまでも、いつまでも、そのままでいて欲しいものだと勝手に思ってしまった。
番台で入浴料を支払って中に入ると、壁、湯船とその縁など、目に見える全てのものに長い歴史が感じられた。
「初めての人はこちらに」との表示があり、素直に従って、その湯に浸かると、熱くもなく温くもない湯温で、1st stepをクリアした。2nd stepの「温い湯」に足を浸けると思いの外熱く、体を洗っていた地元の人らしい70代くらいの年輩の男性との会話が始まった。
この「元湯泉薬湯」は、この温泉街では最も熱く、「温い湯」で体を慣らせば、3rd stepの「熱い湯」に浸かることができるよとアドバイスしてくれた。そのとおりにしてから、「熱い湯」にゆっくりと入ったところ、予想外に熱く、肩まで浸かった時点で足先が既に我慢できず、10秒も経たないうちに、慌てて湯から上がってしまった。アドバイスしてくれた男性は私の一連の行動を見ていたようで笑っていた。
「元湯泉薬湯」から出て、温泉街の写真を撮りながら歩いて、観光案内所に戻った。
その2階は温泉津温泉の資料展示室になっており、写真や資料などを見て回り、温泉津の歴史を学んだ。1階に下り、観光案内所の係の女性の方に「元湯泉薬湯」に入った旨を伝えたところ、えらく感謝され、こちらこそ貴重な時間を過ごすことができたと応えた。キャンピングカーで来られた人ですよねと訊かれ、会話が続いた。ここまでの旅の道中の話を笑顔で聞いてくれて、話す側が嬉しくなる様な聞き方を嬉しく思った。最後に、「ジル」に積み込んだ飲料用のポリタンに2リットルのペットボトル6本分の水で補給させてもらった。サンクス。
観光案内所に駐車したままの「ジル」の中で、パスタを湯がいて、カルボナーラの素を絡ませて、冷蔵庫から取り出した冷たいコーラを飲みながらの昼食を取った。
食後に、ポケットWifiのスイッチを入れて、PCで温泉津温泉のことを調べたところ、観光案内所の2階の資料展示室に掲示されていた一部の内容の復習になったが、次のようなことを整理できた。
・湧き出る湯で、狸が傷を癒すところを見た旅僧が温泉を発見したと伝わる温泉津温泉は1300年の歴史を持つ。
・湯泉津温泉の「元湯泉薬湯」の看板の青い文字が特徴的で、その上の軒には、蓮の花の中に、温泉の由来となった狸が彫られている。
・「元湯泉薬湯」は掘削やボーリングのように動力による抑揚をせず、自然の力で地底からじっくりと湧き出ている自然自噴湧出温泉。加水、加熱、冷却、循環をしない本物の源泉掛け流しで、源泉から浴槽までの距離はわずか1~1.6mと非常に近く、泉質が老化することなく、源泉から湧出した温泉の処女水がそのまま浴槽に流れ込み、この温泉の処女性を保つために分湯は行っていない。
以上から、たいへん有難い湯に浸かることができたと思った。
昼食の後片付けを終えて、エントランスから外に出て運転席に回る時、観光案内所の前のベンチでパンを食べながら文庫本を読んでいる大型バイクのライダーが目に入った。
今はキャンピングカーで旅をしているが、かつては、バイクにテントとシュラフを積んだ「キャンプツーリング」をやっていて、その最長は4泊5日だった。なので、それらしいライダーがいると、思わず声を掛けてしまう。
彼との会話は先ず、寒い中でのバイクツーリングの話を聞き、次はキャンピングカーの旅についてあれこれ訊かれ、最後は、島根県の温泉の話になった。彼から、この「温泉津温泉」と並ぶ島根県を代表する山間の温泉地の「有福温泉(ありふくおんせん)」を教えて頂き、少し興味が湧いてしまい、そこに行ってみることにした。
私の「キャンピングカーの旅」では、そもそも詳細に計画したルートなどはなく、今回の旅は山陰を走って九州の実家に帰省するという大雑把なルートを決めただけのため、旅先で教えてもらった場所にちょっと行ってみることは、計画の変更でも、計画の誤差の範囲でもなく、それが悠々日和(きままな)私の旅なのだ。
R9沿いの道の駅「サンピコごうつ(島根県江津市)」に立ち寄り、小休止しながら、「有福温泉街」をネットで調べたところ、「御前湯」、「やよい湯」、「さつき湯」の3つの共同浴場があり、そこを見て回ることにし、ナビに「有福温泉」をセットして、道案内をスタートさせて、道の駅を後にした。
「ジル」を購入した際にナビを取り付けた。何種類ものナビがあったが、最も大きな画面のナビを選び、ダッシュボードの上に取り付けた。その結果、オーディオは別になったが、ナビのサイズとは異なり、かなりこじんまりしたものを選んだ。
そのナビの目的地までのルート設定は、複数のルートがある場合は近距離のルートを第一優先で選択する傾向があり、そのため、「ジル」にとっては、多少狭い道や、すれ違いが難しい道をナビる場合がある。
「有福温泉」までは、その選択になったようで、暫くは、対向車が来ないことを祈りながらの運転になったが、不思議なことに、対向車は来なかった。そういうことを予測した上で、近距離ルートを選択しているならば、たいへん優れたナビなのだろうが、まあ殆ど偶然の結果だろう。
かくして、「有福温泉」の入口に到着し、そこに数台分の駐車場があり、「ジル」を停めた。
温泉街を散策する前に、今日の夕食のご飯を炊飯する準備に取り掛かることにした。
実は、私の誕生日のプレゼントに、埼玉県に住んでいる娘が、私の妻のアドバイスを参考に、「キャンピングカーの旅」で使える炊飯器を宅配便で送ってくれた。1.5合炊きの小さめの炊飯器だが、それでも多分、十分な容量なのだろう。
この「キャンピングカーの旅」の出発準備のひとつに、「走りながら炊いて、到着したら炊けたご飯を食べられる」ことを目指して準備を進めていた。