ミユキヴァンパイア マゲーロ4
マゲーロは窓から飛び出して行った。あいつは小さいけどはしっこいし多分加速装置を持っているはずだからミユキのところまではすぐいけるはずだ。
ミユキを待つ間に私はミラの記憶を引き出しながら家の中を探り、血液採取用の道具や冷蔵庫にあった血液バッグやら諸々の証拠物をかき集め床に積み上げた。
ミツエちゃんがまだ良く寝ているか確認したが、目が覚めると困るので申し訳ないがミラの睡眠薬を一滴口の中にたらしておいた。
それから床にたぐまっているミユキの服のポケットから、小さくして運べる捕獲器を取り出し、大量の荷物を吸い込ませた。
ミラの偽造パスポートや銀行の通帳や賃貸契約書なども探し出し、今後の始末を考える。田中ミラの職場には家族の急病で急遽イギリスに帰らなければならなくなった、というあたりが無難か。突然蒸発するというのもありだが日本警察のお手を煩わせることもないし、第一ミラの素性を探られたくもない。
そうこうしているうちにミユキが駆けつけてきた。
玄関に入るなり
「ちょっと、なんなのよ。マゲーロが急にきてここに連れてきて。私初めて来たんだけど」
と言いかけて田中ミラ状態の私に面くらい
「あ、すみません、初めまして。私ミユキ本人、あ、まずいか、えっと」
しどろもどろになっている。
「大丈夫、今この人の中にいるのはエージェントMの私だから」
「え?どういうこと?」
「とにかく入って、こっちに来て。事情を教えるから」
玄関のドアを閉めリビングに入る前に私はミユキの手をとった。これでミユキは事情を理解するだろう。咄嗟に整理しきれずミラの記憶も混ざってしまい、けっこう時間がかかった。
10章
地底のコロニーで家に帰ったばかりのところにマゲーロが現れ、急いでここに来いって言うから、ほんとびっくりした。ていうか、急に言われても困る。
猛ダッシュでチューブに乗り、その中でマゲーロに説明された。「エージェントMはミツエとミラの所へ行ってミッション遂行したんだが、Mはそのままコロニーに直行する。だからミユキ本人と地上で入れ替わらなきゃならないんだよ」と説明された。とはいえMに聞いてはいるけど私本人は面識もないミツエちゃんの英語の先生の家に行くだなんて、ちょっと嫌だったのよね。しかもマゲーロの焦りっぷりがただ事ではなかったし。
そこへもってきて、玄関開いたらその田中先生とやらがいて自分はMだとか言う。
もうわっけわかんない。とにかく記憶交換したら、もっとわけがわからなくなったんだけど。
「ちょっと、理解しきれないんだけど、とりあえずわかったのはエージェントMとはもうこれっきり会えないってこと?」
「そうね。私は今田中ミラになってるから。Mはもういないの。ミラは私の血即ち私の細胞を自分の体内に取り込んだけれど、私は人間ではなく彼女の同類で彼女より進化していたので、彼女の中で私が彼女の旧細胞たちをコントロールした、ということ」
「それって、中身はエージェントMだけど、ミラとしてしょっ引かれることになるぞ」
マゲーロが困った顔をして言った。
「そうよ、もちろん協力する。ミラの記憶は残しているからそのまま提供できる。さ、時間がない。ミユキ、奥でミツエちゃんが寝てるから、起こさないようにしてこの服に着替えて。そしたら荷物持って地上の自分の家に帰って。ミツエちゃんと田中先生の所にいったけど、ミツエちゃんはそこで寝込んだから先に帰ってきた、と言いなさい。私もミツエに寝込んでいたからミユキは先に帰った、と言うから」
「よくわからないけどわかった。エージェントM、短い間だったけど会えてよかった。またいつか会えるといいんだけど」
「ミラの取り調べが終わって私が元の細胞に戻される前に一回くらい会えると思うわ」
「じゃあそれまで元気で。またね」
ミユキは素直に従って着替え、ミユキだった私が持ってきたバッグをひっつかむと靴も変えて家から出て行った。ちゃんとわかっている。
「さて、そろそろミツエを起こすからマゲーロ隠れてて」
「了解」
みどりの影がテーブルからどこかにすっ飛んで消えた。
私はミツエの腕の絆創膏を取り、万が一にも出血するとまずいのでシャングリラ仕様の止血剤を塗り込んだ。これは確実に効くはずだ。それからおもむろに寝ているミツエの肩を軽くたたいた。
「ミツエちゃん、そろそろ起きて」
「う、ん。あ、あれ。私何?寝てた?」
ミツエがうーん、と伸びをして目を開けた。
「あれ、ミユキちゃんは?」
「あのねえ、用があるから先に帰るって。ミツエちゃんがぐっすり寝てたから起こさないで、って先に帰ったのよ」
「えー、そんな。起こしてくれてよかったのに。すみません、私なんで先生のとこで寝ちゃったんだろう、もう恥ずかしいったら」
「なんか疲れてたんじゃない?でもそろそろ帰った方がいいわ。遅くなっちゃうから」
「あ、ほんとだ、もうこんな時間。ヤバい。帰りますっ。ごちそうさまでしたっ」
ミツエはあたふたと荷物を抱え玄関に向かい、慌てて出て行った。
うっかりしまい忘れたユキの靴に気づかれなくてよかった。
さて私はしばらく田中ミラとしてここにいてあちこちに電話をかけまくって後始末をしなければならない。それから、田中ミラを私の意思で拘束した状態でシャングリラに出頭することになる。
ミユキとの別れがあわただしくてちょっと残念だったけれど。
11章
私はカミラ・ターナー。長い年月人間の血を摂取することで新しい人間に入れ替わって生きてきた。擬態を繰り返すと記憶が上書きされ昔のことはあまりよく覚えていない。それでもたくさんの細胞のどれかは当時の記憶を保持しているから、その細胞が死んでいなければ探して思い出せないこともない。
最初に擬態した人間が生きることにとても執着していたのでその性質を受け継いでしまったようだ。人間に擬態して情報収集をするのは、通称シャングリラと呼ばれるエイリアンたちの暮らす地下世界で、仲間たちと暮らしていくための方策であり、我々はそもそも細胞の集合体のようなものだから人間としての個体が死んだところでなんの問題もない。仲間がまた別の誰かになったり、あるいは地下で保存容器の中で待機していても、同じことなのだから。我々に自他の区別はない。仲間は自分であり自分は仲間すべてでもある。
それなのに、ある時、偶然に他者の血液を飲むことでその人間の寿命を取り込めることを発見してしまったのだ。人間としての寿命が尽きる前に、だれか若い人間の遺伝子を上書きすればいいだけだった。だから相手を捕食しても同じことなのだが、血液を飲む方が簡単だった。
そうやって別の人間に成り代わって人間として生きる寿命を延ばして地上で生きていくことができた。
作品名:ミユキヴァンパイア マゲーロ4 作家名:鈴木りん



