小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ミユキヴァンパイア マゲーロ4

INDEX|7ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 するとミツエが「ああ、お腹がいっぱい、眠いかも」といいながら目をとろりとさせている。おいおい、ミツエ、人んちでいきなり眠いっておかしいだろうが、と声をかけようとしたところで
 「あらあ、眠かったらこのソファでお昼寝していいのよ」
 田中ミラが妙に猫なで声で言った。

 まずい、これは一服盛られたに違いない。やっぱりジュースに何か入れてたんだ。ここは私も眠いふりをしなければいけない。
「あー、あたしもなんか眠いですう」
「あらあ、ミユキちゃんも?」
 ミラは獲物を捕らえた女郎蜘蛛の如き妖気をにじませにっこりした。
 私は今全細胞に呼びかけ、脳は覚醒しつつ、体は眠らせるよう指示を与え、ソファにへたり込んだ。
 まさか初回からいきなりこういう展開になるとは思いもよらなかった。まったくの想定外だ。マゲーロとあーだこーだ話していた作戦など吹っ飛んでしまったではないか。もう最後の手段を使うしかないかもしれない。


第9章
 
 「まあ、子供なんてちょろいわね。これで当面の若さを維持できるわ。さてさて、今日はこうして二人も来てくれてよかった。しかも特製睡眠薬の効き目が抜群ね。いい感じに眠ってくれて。この薬は、目覚めた後で記憶があいまいになるからいいのよね。うまく言いくるめれば別の記憶を植え付けることができるし。ではちょっと準備しないと。さて、どこにしまってたかしら」
 
 ミラはぶつぶつ独り言を言っている。彼女が戸棚をガサゴソするのを私は薄目をあけて見ていた。体は眠りに落ちていて動かないが瞼は開けられるようにしていた。ミラが何を考えているかまでは私にはわからないが、これは絶対に血をとられるに違いない。ただ、この場で子供二人が死んだり消えたりしたら足がつくのでそこまでのことはしないだろうと踏んでいた。
「あ、あったわ。これこれ」
 戸棚から血液バッグやら注射器やらを取り出した彼女がこちらを向いたので、私は慌てて目を閉じた。そうか、今時、直接噛みつく吸血鬼なんていないのか。そもそも衛生的じゃないもんな。病気もってる人間だっているし。最近はネットで何でも買えるから便利な世の中になったものだ。
 
 「まずはこっちのミツエちゃんから採取させていただこうかしらね。ミユキちゃんはまだ半分しか飲んでないわりには早めに落ちたけど、量を考えるともうちょっと待った方がよさそうだし」

 どうやらミツエから先に採血するようだ。そうっと薄目をあけて見ていると医療用手袋をしたミラがミツエの肘の関節の内側をアルコール綿で拭いていた。慣れた手つきで注射器の針先のキャップをはずすと、指で血管の位置を確認し、おもむろに突き刺す。ミツエの血液が注射器内に吸い込まれる。注射器のお尻に血液バッグの管を取り付けるとストッパーを外した。透明プラスチックの管がミツエの血で赤く染まっていく。ミラはテープで針とチューブを腕に固定し、時々血液バッグを揺らしつつ血液が溜まるのを見ている。
 なるほど、こうきたか。きっちり止血されれば針の後くらい気づかない可能性は高い。現代に潜伏する吸血鬼としてはバレにくい合理的な方法だろう。
 子供なので量は加減して少な目にしているのだろう。ほどなく終了し、ミラは熱で圧着するハンドシーラーでチューブを封印しカットした。脱脂綿で押さえながら注射針を抜き去るとそれ用と思われる缶に捨て、傷口を圧迫しながら止血できるまでミツエの腕を持ち上げている。
 さてこの後は私の番になる。どうしたものか。ミツエが採血されている間に一応作戦を練ってはいたのだが。
 私は自分の全細胞に呼びかけ、作戦を指示した。
 
 「ミツエちゃんはまだ当分寝ているわね。さて、ミユキちゃんももうしっかり眠ったかしらね」
 ミラは私の顔を覗き込み、腕をとった。寝たふりをしているので見えないが、注射器や血液バッグを用意しているようだ。アルコールの匂いがし、左腕の関節の内側が拭かれひんやりする。注射器がぐっと刺された時、私は危険を承知でわざと大きく寝返りをうって注射針が引っこ抜けるように腕を動かしてやった。
 「やだ、ちょっと。なんで動くの!」
 ミラが慌てて私の腕に口をつけた。服を血だらけにするわけにはいかないしあふれ出た血液がもったいないと思ったのだろう。普通の人間なら咄嗟にその辺の布やティッシュなんかで押さえると思うんだが、長年吸血鬼をしてきたやつの癖というか習性が出てしまうと思ったのよね。よしよし、それでいいのよ。
 出血が止まらないことには次の作業に移れないし、でも同じ個所に針を刺すことも難しい、二か所も針跡ができるのはまずい、となればここで今この針孔から直接吸い出してしまえ、とミラは思ったんだろう。私は自分の細胞たちに働きかけてわざと血圧をあげ、血を噴出させてやった。こうして私は自分の細胞たちをミラの体内に送り込むのに成功した。
 
 しばらくしてミラの異変が始まった。体内で急速に増殖し、すでにそこにある細胞を取り込んでいった私の細胞たちは、体内で田中ミラをミユキに上書きしていった。ミラ本人の薄れゆく意識は、思うように体が動かなくなっていく不思議を必死に解明しようと考えたことだろうが、200年も進化を止めていたミラの細胞は私の細胞の擬態能力を上回ることはあり得なかった。
 ミラの意識を完全制圧できた段階で、私は全意識をミラノ体内に集中し、ミユキの体から引き揚げた。今私の意識は田中ミラの体の中に移動した。ただし意識だけ。そこに倒れているミユキの体は私の命令で分解し消滅させる。これ以上吸わせて外見までもミユキになってしまってはまずい。外側は田中ミラのまま残している。外見を変えられるほどではない程度の量と時間になるよう私はあえて抑制した。
 私たちは擬態はできるが同時に複数のものにコアになる意識を宿らせることができない。要するにクローンは作れないし、無理して作ってもそれらすべてに意識を持たせることはできないので単なる木偶にしかならない。
 田中ミラの器に移動した私の細胞たちはもはやエージェントMではなくエージェント田中ミラなので、今後はシャングリラで収監されることになるだろう。
 
 「マゲーロ!そこにいるんでしょ?」
 ミラの声で私は呼ばわった。彼には今日接触することを事前に知らせてあったので、不測の事態に備えるため必ずどこか目につかないところでを監視しているはずだった。
 「おいおい、お前エージェントMなのか?一体何が起こったんだ?」
 いつの間にかテーブルの上にマゲーロが立っていた。
 「作戦は完全に失敗かと思って本部に報告しようかと思ったところだったぜ」
 「詳しいことは後で。今は私が田中ミラを制圧している。大丈夫、ミラの細胞は全て上書きしたわけじゃなくてちゃんと封印しているから記憶を取り出すことができる。今は大至急ミユキをここに連れてきて」
 「なんだよ、急に言われても」
 「ミツエが起きる前に記憶交換したいのよ。それに私がミラになった以上、地上の家にミユキ本人が帰らないとまずいことになるでしょうが」
 「確かにそうだ。それでも1時間位はかかるぞ」
 「わかった。あと止血剤も持ってきて」
 「了解」