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ミユキヴァンパイア マゲーロ4

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 このやり方は、本当はシャングリラの共同体としてのルールに抵触する。あの世界ではコピー対象の人間を変えるのに我々の意志は反映されない。我々はそもそも意志など持たぬのだ。そう思われている。ところが、あまりに執着の強い人間にコピーされてしまったため、その執着もコピーされたのだ。以来、私はシャングリラの束縛から逃れ、地球人として地上の各地を点々として生き延びてきた。

 最初はオーストリアに母と住んでいた。
 母といっても同じエイリアンの仲間の先輩で、吸血行為で体を乗り換える方法を私に教えてくれた個体だった。私を娘として連れ歩き、人間の血液を得ては寿命をつないできた。一人の人間を完全に上書きする量の血液を採取するとその人間は絶命する。その後は、死んだ人間に成り代わって生き、若さを維持するために時々色々な人間から少量の血液を食事として頂いた。注意して一度に少しずつ摂取する分には対象を完全に上書きされず、入れ替わった同じ個体での寿命を維持できたのだ。しかし少量とはいえある程度繰り返すと吸血対象は衰弱し数日中に絶命した。周囲に死者が続出しさすがに怪しまれるようになった。身の危険を察し、身代わりに意志を持たない複製を作って柩に入れておいた。人間たちはそれを私と思い込んで心臓あたりに杭を打ち込み吸血鬼を葬った、と快哉の声をあげていた。おめでたいことだ。
 ヨーロッパ中を点々としていった。今更シャングリラに戻って再び意志のない細胞になって別のコピー体として働く気はなかった。シャングリラのコロニーにいる入れ替わり対象が死に、識別信号を検知できない場所に移動していれば、もう死んだもの、と見なされていたはずだ。人間の体を手に入れている限り地球上のどこにでも行ける。
 母は途中うっかり陽の光を浴びて灰になってしまった。その当時は血液摂取で寿命を延ばすと紫外線に耐性のない体質になってしまっていたのだ。私はそれを教訓に日中は行動を控えた。
 仲間を失ったが、むしろ単独で動くほうが生きやすかった。吸血対象を記憶ごとコピーできたので言語にも困ることはなかった。ただ日中動けないのは不便だったので当時優秀だと評判の科学者を探し出し、血を吸って本人に成り代わり紫外線対策を研究した。結果、有効な薬品を開発し、時間をかけて慣らしていくことができるようになった。その後も様々な人間の生を生き、容姿や地位、職業などが気に入った人間に出会ったらその人間の状態をなるべく長く維持できるよう、吸血対象からは少量の栄養摂取にとどめ、情報を上書きしないようにして生きてきた。
 ただ、年も取らずいつまでも同じ土地に居続けるわけにはいかない。場所を変えるか、違う人間になるかの選択に迫られる日がやがて来る。ヨーロッパ中を渡り歩いていたがあるとき擬態した対象が海を渡りイギリスに行くところだった。文字通り渡りに舟だったので以後私はイギリスで暮らすことにした。そこでもヴァンパイアと呼ばれ各地を点々としてきた。時代が下り長距離の移動も可能になり、今度擬態した人間は飛行機で極東の国に旅立とうとしていた。彼女はイギリス人と日本人のハーフだった。最初は留学生として大学に通っていたのだが、この国の人間は外国人の私にも親切でいこごちもよかったので、ここで仕事を探して暮らしてみようと思った。ハーフだったおかげでこの国の言葉を話せたし、子供に教える英語教師の職も見つかった。人間として暮らすうち、世界中の地底に張り巡らされたシャングリラの存在などすっかり忘れていた。
 だから子供だと思って油断していた。
 まさか生徒の友達にシャングリラのエイリアンが紛れ込んでいたなんて。しかもまんまとあの子に乗っ取られてしまうなんて全くの想定外だった。
 でもまあ、いつかは終わりが来るのだから、この辺が潮時だったのかもしれない。何もかも疲れてしまった。
 
 
 12章
 
 
 あれ以来、Mとは会っていない。マゲーロとも。
 私は家に帰り、本来の日常生活の続きに戻った。記憶はしっかりあるから昨日の続きの今日を生きるのに差し支えはない。翌日学校でミツエちゃんに「昨日はアタシ、先生んとこで寝込んじゃってごめんね」と謝られた。心なしかミツエちゃんの顔色がさえない。貧血なのかもしれない。
 終業式の日、ミツエがあたふたと私の所に駆け寄ってきた。
 「昨日塾行ったらさ、田中先生イギリスに帰っちゃったんだって。実家の親が病気になったとかで、挨拶もなしにすぐ行っちゃったのよ。私あの時のことちゃんと謝ってお礼言いたかったのに」
  ミツエちゃんは残念そうな顔をしたが、血液提供した彼女はむしろお礼を言われる立場なんだけどね、と内心思ったが
 「そうなんだ。いつかまた戻ってくるんじゃないの?」わかってはいたが、慰めるためにこう答えておいた。
 「それがさ、深刻な病気で介護が必要だから、と完全に引っ越しちゃったらしいのよ」
 「ふうん、それじゃ残念だけど仕方ないわね。ところで夏休みの自由研究何やるか決めた?」ミラの話は深入りしたくないので無理やり話題を変えた。
 「ええっ?夏休みはこれからだよ。考えてるわけないじゃん。ミユキちゃん決めたの?」
 「いや、私もまだ。吸血鬼の歴史なんかどうかなと」
 「何それ。夏だからホラー系?それより明日の学校プール何時にいく?」
 「お昼食べてからかな」
 「じゃ一緒に行こうよ」
 「うん、行こう」
 こう約束してミツエちゃんは無邪気に笑った。
 「あ、終業式始まるから集まれって」
 「じゃまた帰りに」
 私たちは暑い体育館に移動し、教室に戻って通知表を受け取りたくさんの荷物を抱えて教室を出ると、輝かしい夏休みに向かってはじけとんでていった。
 
 校門に向かいながらミツエちゃんが
 「じゃ、明日一時半に迎えにいくね」と言ってきた。彼女の中でミラの件はもう終わったようだ。
 「わかった。用意しとく。暑そうだからミツエちゃん飲み物とか忘れないようにね」
 「うん、じゃ、また明日ね!」
 私たちは校門で手を振りあって別れた。
 
 Mは私のコピーだけど、私よりずっと年上に感じられた。実際彼女は私より知識も豊富だったし、その上カミラ・ターナーの記憶までもがまざってしまい、私は何が何だか自分でもよくわからなくなることがある。
 もっと大きくなったら見えてくるのかもしれない。
 私はMの記憶を受け止めてから、なんだか今のこの子供でいられる時期がとても大切なものに思え、今をもっと楽しんでおかないと、という気分になっていた。
 夏休みの前はやっぱりワクワクする。タカアキたちとも遊べるだろう。未来は無限にあるような気分になって私は駆けだした。
 
 おわり