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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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大いなる談話

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「これは…“カイロス”についての議論にするべきだろう」

プラトンはそう言って、手元にある蜜漬けのレモンを脇へ押しやる。すかさずデカルトはテーブルに両手を乗り出した。

「私は、観念から構築すべきと考えます。彼女が感じたのがどれなのかがまずわからなければ」

ルネは大きく片手で弧を描いて全員に見せる。それを盗み見ていたイマヌエルは、苦々しそうな顔を片手で隠した。

エピクロスだけはワイングラスに安心して片手を預けており、彼は付け足すように、「体にとって快くないなら、そんなものは敵さ」と笑う。そこでソクラテスがデカルトとプラトンに向け少し体を傾け、片手で道を探るような動きをする。

「ならば我々は、無知の知に立ち戻らなければならない。すでに知っていると思い込むのはどうなのかね?知っているなら我々は探す必要などないのでは?」



プラトンがソクラテスと話し込んでしまう前に、デカルトは「ではまず!」と少し大きな声を上げ腕を広げた。それは彼らが囲む円卓の形のようだ。

「“感じる事”、“判断する事”の2つを分けねばなりません。彼女はおそらくこれを同時に行った。では、どちらを先に考察しましょうか?」

そこにアリストテレスが落ち着き払って口を挟む。

「いいや、彼女の判断は“意味”だろう。それはそれ自体に質量と形相を持つ物だ。分けて考える事が出来るのかね」

デカルトは笑顔を崩さず、むしろアリストテレスに親しみを込めて微笑む。

「そうです。もし「分けて考えられない」と分かったら、その時こそ視点を変えて、より答えに近づける。一度やってみませんか」

それでアリストテレスは長い溜息を吐き、一口羊のチーズを齧った。そこへ、ある濁流が流れ込む。

「流転し続けるのがロゴスなのだ!君達はロゴスのあるべき姿を否定している!まったく!」

突如宴席にヘラクレイトスが姿を現したかと思いきや、彼は、アリストテレスがテーブルに戻したチーズを隣のデカルトのグラスに放り投げた。真っ赤な水溜まりがデカルトに掛かるところだった。息を切らして叫んでいたはずのヘラクレイトスは、唇を動かすだけで言葉を紡ぐ。

「これは何かね?」

ヘラクレイトスの視線は、決して無意味でなかった。だが、それはもはやチーズもワインも見えていないようだ。宴席も。

彼の発言で場は沈黙した。議論は瓦解したのだ。しかしここでイマヌエルが口を開く。彼の口調はややはっきりしているだけで、静かだ。彼自身はそろそろヘラクレイトスの無礼のため神経痛に苦しむだろうが。

「ヘラクレイトス先生、それは「感性で観測した現象」に過ぎないと私は考えます。我々はしばしば、「見ている物が確かな物だ」と思い込み、見ている物に意味を見出す。ですが、立ち止まって下さい」

ヘラクレイトスはカントを見ていない。カントは、ヘラクレイトスの癇癪を気遣い、慎重に先を続けた。

「貴方は“流れ続けている”と感じている。しかしそれには、我々の方で条件を用意する必要があります。チーズは確かにワインに溶けていく。それは一見すると“流れ”のように感じます。しかし、我々がそれを一つの“統合された対象”として理性により知覚しなければ、それは確かに、ヘラクレイトス先生の仰る通りに、定義の出来ない“物体”でしかないと、私は考えます」

ヘラクレイトスは本当に聴いていなかったようで、ふいと振り向き、彼らの後ろにある暖炉に近づき地面へ腰掛けた。その様を全員が見守っていたが、やがてプラトンがこう言う。

「ではイマヌエル、君は“意味”が全く個人の“経験”で左右されてしまっていいのかい?我々はそれを明らかにする者なのだろう?」

カントは眉を顰めたが、あえて苦言など言わなかった。プラトンはこう話す。

「我々には“料理”や“飲食”について決まった“型”がある。それを我々はイデアと呼ぶのだよ。従って我々が自分だけの判断でイデアを作る事は不可能だと言えよう。それは我々の魂が天上で見てきた物だよ。我々がこの世に降り立ったその時から、それは我々の背中に書かれていたのだ。我々の鏡に映るのが、我々の顔だけだと思っているのかね?例えば、生れて2年の幼子さえ、チーズを誤ってワインに放り込んでしまえば、どうしてどうして母親の目を気にするのだい?」

あくまで落ち着き払ってカントは初めてテーブルに両手を預ける。ルネは手拭きで円卓を拭いながら、我慢が出来なさそうに聴いていた。

「もちろん、幼子の悪戯での焦りが、通じてきた“経験”による“悟性”とは言いかねます。ですが、貴方の仰るようにイデアによって自明ならば、なぜ我々は過ちを犯すのですか?“行為”の前にイデアに立ち返るのは、「母親に叱られた」という“経験”なしに語れないのではないかと、私は考えます」

そこへソクラテスが「君達」と割って入った。彼は二人の顔を見比べながら語る。

「大変に君達は熱心で、優秀な若者だ。ただ、君達の語る“意味”が私にはよくわからないのだ。そもそもそれは何だと思うかね?もちろんその議論には私も参加させて頂こう。教えを乞う者としてね。二人の議論が沈黙と同じにならないためと思ってのことだ。口を挟むのを許しておくれ」

イマヌエルとプラトンが立ち止まって自論を組み立てている間で、ついにルネが立ち上がってワイングラスを掲げた。それにはまだヘラクレイトスの投げ入れたチーズが入っている。

「ソクラテス先生、それには僭越ながら私が一言添えましょう」

ソクラテスがにこやかに腰を低くしてデカルトを見詰めた時、プラトンはその目の先を追って自然とルネを見た。

「皆さんも確かにここに“変化”を感じているでしょう。ですが、それだけでは“意味”とはなり得ません。先に意味の定義をするのでしたら、我々にとって“明晰判明に知覚される観念”と私は言わせて頂きます。もし我々が“意味”を経験だけや、混濁した印象の中に求めるのであれば、それは“真”ではないのです」

作品名:大いなる談話 作家名:桐生甘太郎