ニューワールド・ファンタズム
ベッドに飛び込み、速攻で寝る。
◇◇◇
夜が明けた。これが運命の日になるとは知らずに。
今日俺は珍しく早起きした。というか、なかなか寝れなかった。
結局寝ることが出来たのはたった三時間だけ、あとはずっとベッドでゴロゴロしていた。
柄にもなくドキドキして、待ち合わせ一時間前から公園で待っている。
「………何やってんだろ、俺…………」
アリスは今日も迷宮攻略は休みなのだろう。あいつが攻略を二日連続で休むなんて、天変地異でも起こるんじゃないだろうか。
(なんで…………俺……)
「俺なんか…………」
その時、あのパーティーを思い出す。…………俺が救えなかった、同業者。
第一種危険種に認定された《ホワイトディザスター》。あの強さは、ボスモンスターに迫るほどだった。階層中盤にいていいモンスターじゃない。
何故アイツがあそこにいたのかは不明。まったくの、?不明?。神々でも手がかりすら見つけられない。ロゼラリアの犯行ではないかとの話が出ていたが、いくら神でもあれほどの高ランクモンスターを操れるとは思えない。
「こんな時になに考えてんだ、シャキッとしろ、シャキッと…………」
自分の姿を見下ろす。灰色のローブを着た、みすぼらしい少年。
「……………………笑えるよな」
これからデートする相手は、あのセナに迫るほどの人気を誇る女性にして、最速の冒険者とも呼び声が高い、あのアリス・フリューレなのだから。
「…………《父さん》。あんたの言った通り、人生何があるか分からないみたいだ………は?」
俺は何を………父さんがいつ、そんなことを言った―――――――――?
たっぷり呆けていると、彼女が声をかけてくる。
「アル、お待たせ」
白い帽子をかぶり、白いワンピースを着たアリスの姿は、まさに神が創り出したかのごとぐ、美しかった。
「いや、大丈夫…………そのバスケットは?」
彼女が右手に持つバスケット。…………興味をそそられる。
「じゃーん」
アリスはバスケットの上に被せている布を取り、その中身を俺に見せつける。
「………………ホットドック…………?」
その中にあったのは、美味そうなホットドックと、二つのコップ、そして一つの水筒。
「食べる?」
アリスはホットドックの一つを手に取り、俺の顔の前に差し出す。
「…………ああ、頂きます」
ぱくっ、アリスが持っているホットドックにかぶりつく。
「……………………美味い」
口の中に濃いソースの味が広がる。
どこか、懐かしい味。
「もしかして…………手作りですか…………?」
「そ、…………気に入ってくれたみたいでよかった。…………ココア飲む?」
ホットドックにココア。俺の好みどストライクなんだよなぁ…………偶然か?
「カインさんに聞いたから」
水筒のココアをコップに注ぎながら、アリスが言う。俺は心でも読まれたのかと思った。
「…………なるほどな」
(アイツの前ではホットドックを食べていたし、攻略の時にココア使ったからなぁ……………流石にアイツでも気が付くか…………)
「…………アリス…………」
「?」
一呼吸置き、疑問に思っていることを聞いてみる。
「なんで…………俺を気にかけてくれるんだ?…………言っちゃなんだけど、俺結構な悪名ついてるし……そんな強くない―――――――――――」
「違う!」
アリスが我慢できない、と言わんばかりに頬を膨らませる。
「私は人がアルの事どう思っているかとか、アル自身がどう思っているのかどうでもいいの!私は、アルの事が好きだから、あの時、君の心が輝いて見えたから、私はこうしているの!」
一瞬の間。
「―――アリ、ス…………」
驚いた。心底驚いた。
何に驚いたって?
俺に好きだと言ってくれたアリスに?
無論それには驚いたさ。
…………だけど、俺が一番驚いたのは、
俺の目から、涙が溢れていたことだった。
「……くっ………くっ…………!」
嗚咽が漏れる。我慢。涙を止めようとしても、止まらない。感情が溢れ出た。
「…………アル…………」
アリスは、泣く俺を優しく抱きしめた。俺はアリスの胸の中で少しの間、泣いていた。
数分経っただろうか。
「…………ありがとう。アリス…………俺も、君のことが好きだ」
「…………!」
今度はアリスの目に涙が――――、しかし彼女は強く、その涙を押しとどめた。
だけど、俺たちを隔てる分厚く高い壁が、もう一枚だけ残っている。
「《マティリス・クラン》のみんなを説得しなくちゃだな」
俺がそう言うと、アリスが笑って言う。
「大丈夫、団長が、また決闘で決めようって」
「…………えっ」
どこが大丈夫なんですかと言いかけてしまった。
二年程前、クランへの入団を賭けて決闘を迫られたものだ。
そういえばあの時、なんで一度不合格を出した俺に、入団を迫ったのか、理由を聞いていなかったな。
「…………よし。分かった、リベンジマッチだ」
「…………うん!」
数時間後。闘技場の待合室で黒コートを羽織り、背中に愛剣二本を背負う。
その二本も、奴に対するリベンジを誓ったような重みを感じさせる。
俺は愛剣をなだめるように少し抜き、すぐに納めた。
「さあ、行くぞ」
二人の相棒に言いながら俺は待合室を出る。
俺がそこに出ると、大勢の観客と、そいつが待っていた。
《マティリス・クラン》団長、ディオン・クリンス。
「私を倒さなければ、アリスは渡さないよ」
「…………望むところだ」
申し込まれた決闘をカードで受諾。互いに剣を抜刀する。
空中にカウントダウンが表示される。
…………3、2、1、GO!
俺は最初から二刀流で構える。
スタートして数秒、まだどちらとも動かない。
観客も静まり、俺達は互いに気配を読み合う…………。
―――ダッ、動き出したのは、まったくの同時。
「せ、ああああっ!」
俺が発動したのは単発刺突技《アーク・ストライク》。水色の一突き。
《ヴォーパル・ブレイク》の派生スキル。あれが一点の破壊力を生むのに対して、これは衝撃を生むことに特化した技だ。
ディオンの盾に重い一撃を叩き込む。しかしディオンはぐっと耐え、連撃を放ってくる。
「ぐ、おおおおッ!」
連撃を左右の剣で捌き、左の剣で四連撃技《エクシア》を放つ。
ディオンの防御は相変わらず速く、そして正確だ。…………そして攻撃も。
(前回は、俺のエゴだった。だけど、……今回だけは、――――――――)
「――――――――――――――――――――負けられないんだ!」
負けられない理由がある。それは、前回との大きな違い。
「うぉおおお――――ッ!」
最後の四撃目。フルブーストした一撃は、ディオンの頬を掠めた。
「アルタイル君―――――――――――――!」
ディオンはニヤッと笑い、連撃を放つ。
それがただの長剣スキルではなく、《神約》スキルだということは、すぐに分かった。
明らかに威力が違う。重く、繊細な剣戟。
「はああああっ!」
ディオンの剣戟を捌き切るので精一杯。
ここからの反撃には、《二刀流》を使うしかない!
長剣の連撃を防ぎきり。
「うおおおおおおおおおおおお―――――――――――――ッ!」
俺の雄叫びに応えた二刀が、水色に発光する。
「…………!」
作品名:ニューワールド・ファンタズム 作家名:川原結城