ニューワールド・ファンタズム
俺とエイルが師匠やアリス達と離れて戦っていたせいで、二人にはライトベールが見えなかったのだ。しかし今更言うつもりはない。《ユニークスキル》を二種類持つのは前例がなく、すぐに話題が広がるだろう。それは避けたい。
ただでさえ神殺しで悪名が立っているってのに、二つ目なんて言ったら…………考えただけで寒気がする。…………そもそも、《ユニークスキル》は分からないことが多すぎる。
カイン等が持っている最上級スキル《エクストラスキル》は出現条件が明らかになっているのに対して、《ユニークスキル》はそれ以上の力を持ちながら、出現条件は不明。世界で一人しか手にいられないスキル。
解放戦争終結、あれから半年が経った。平和、とは言い切れないが、いつもの日常。
「……………………はぁ…………」
ため息をつきながら俺は街を歩く。最近の俺は《ナイトプレート》だけを装備している。
《二刀流》スキルを無暗に発動しないようにするのはそうだが、片手剣だけの方が目立たないし…………《黒き剣士》のもう一つのシンボルとなっている二刀流スタイルは、女神殺しの象徴として嫌がられてしまっているので、最近はこうしている。
ベンチに腰をかけて、空を見上げる。
「…………あーあ、どうすっかなー…………」
「……………アル?」
一人でぼやいていると、誰かに声をかけられた。その声は、俺が一番聞きたかった声。
「…………アリス、今日は迷宮に潜ってないんだな」
「……………………私のこと、攻略しないと死ぬ人みたいに思ってない?」
彼女のムスッとした表情を見て、必死に弁解する。
「思ってない、思ってない!…………なあ、アリス…………」
俺は――――――――――――、
「なぁに?」
問いかけた。あの時一緒に戦ってくれた彼女に。
「…………俺がロゼラリアを倒したことって、本当に、正しかったのかな…………」
…………もしかしたら、違う道があったのではないか、話し合いでどうにかできなかったのか。
そう、考えてしまう。
「もちろん、あいつがエイル達にしたことは許されることじゃない。女性を操ることも、格差をつけることも、全部…………だけど、あいつの本心は違ったと思うんだ…………愛と平和を真に願い女神なら、あんなことしない…………もしかしたら、あいつも救えたんじゃって……思っちまうんだよ…………」
事実、あいつの記憶が流れてきたとき、《声》も聞こえた。『助けて』、それが奴の本心と真に会話した瞬間だった。
人は俺が正しいことをしたと言う。人は愛する女神を殺した俺を罵倒する。
「…………俺は、間違ってるのかな…………」
「アル」
優しい声。しかしどこか強さがある声。
「君は確かにあの女神を彼と殺した。だけど、それは彼らのためにやったことなんでしょう?だったら胸を張りなさい。他人の声なんて気にしない!………もし、声に耐えられなくなったら、私が慰めてあげるから…………人は間違える生き物。神様じゃない。君は人間、今この瞬間を必死に生きてる。…………この世界に、絶対なんてないんだから!」
「……………………!」
――――――――ああ、俺があの時…………師匠と出会って、入団試験を受けたのは………――――――――君に、出会うためだったのかもしれない。
だが俺は、それを口には出さない。
《剣聖》と、《黒き剣士》が釣り合うわけがない。
「………………ありがとう、アリス…………少し、気が楽になったよ」
「……………そう…………、ねえ、アル…………」
アリスは、一呼吸置いて。
「…………私と…………デート、しない?」
「……………………えっ?」
俺はたっぷり五秒ほどフリーズした。
もう一度頭を整理しよう。俺はアルタイル・アリエル。《黒き剣士》の称号を持つ、レベル一冒険者。神殺しの異名と、神を恐れさせる色《黒》を押し付けられた剣士。
対して彼女はアリス・フリューレ。《閃光》から《剣聖》へとなったカリスマ。
このアースリア一を争うほどの美貌を持ちながら、レベル七を誇る《マティリス・クラン》のエース。そのレイピアから放たれる剣戟はまさに閃光のよう。そして彼女自身も、光のようだ。
それがどうして…………こうなった。
「……………………駄目?」
(上目使い可愛い…………って、いかんいかん…………カインみたいになるところだった)
あんな大人になってたまるか、そう自制しながら…………。
「ダメじゃ…………ない」
「本当?」
(流石に断れないさ…………だけど、どうしようクソッタレェッ!)
二年半ソロをやっていた弊害か、最近女性と話すのがちょっとだけ苦手になってきた。
ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ。
「それじゃあ、明日の正午にまたこの公園で!」
上機嫌でその場を去っていく彼女を見ながら、俺は思う。
(…………どうしよう)
「…………とありえず服……」
家に帰っての第一声がそれだった。
実際俺はこの黒いロングコート以外に、以前着ていた父の黒コート、あとは………爺ちゃんの灰色のコートしか持っていない。
そもそも必要なかったので、服屋にすらロクに行っていない。普段着………というか家でしか着ないような服のみ…………。
「ああ、どうしよう…………」
俺は藁にもすがるように、ある喫茶店を訪れた。そこはあいつの行きつけ。
「おっ、アル坊じゃねぇか!久しぶりだな、どうしたんだ、なんか用か?」
「よ、カイン……」
先刻、こいつみたいにはなりたくないと思った男。こいつに頼るしかない。
「……………………なるほどな…………なあ、一ついいか…………」
事情を説明し、俺が意見を待っていると。
「追いかける側の俺が、追いかけられてる奴の思いなんか分かるかぁ!」
「……………………ほぇ?」
「…………すまん、取り乱した。…………で、服がないって話だっけ?」
「お、おう………」
「今言った灰色のローブってのでいいんじゃねぇか?黒よりマシだろ」
「………………そうだなぁ…………確かに、デートで黒はマズいか…………」
俺がそう言うと、カインはうんうんと頷き、耳打ちする。
「それはそうと、お前はどうなんだよ、アリスちゃんのことは」
「はぁ?」
質問の意味が分からず、俺はアリスの印象を語る。
「どうって…………優しくて、慰めてくれて…………頼りになる…………」
「そうじゃなくて、好きなのか、アリスちゃんのこと!」
「好き…………?…………アリスの事が………好き…………、好きなのかもな…………俺」
自分で言っておきながら、心底驚く。まさか自分からこんな言葉が出るとは思っていなかった。
カインは心の中でこう思った。
(うわぁ……無自覚天然かよ……、アリスちゃんは好き好きオーラ全開だけど、こいつは別の意味で危ねぇかもな……)
「……………………俺は、アリスが、好き……なんだと思う」
カインは、そんな俺をフッと笑い。
「それでいいじゃねぇか、お前があの子の事を好きだと思ってるならあの子は、きっと答えてくれると思うぜ?」
「カイン……お前、いい奴だよな」
「な、なんだよ、俺はいつも紳士だっての!」
「ああ……紳士、な」
俺達はその後別れ、俺は一人家に帰る。
「……………………寝よう」
作品名:ニューワールド・ファンタズム 作家名:川原結城