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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Vortex

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 ごめんくださいと言ったのが、最初で最後だった。物乞いだと思ったのか、ランタンを持って出てきた初老の男は、邪険に追い払う仕草をした。それでこっちも頭の線が一斉に引きちぎれるのを感じ、持っていたランタンを奪い取るなり、顔面に叩きつけて殺した。三十年も前のことで、当時は二十五歳、前科だけが立派な若造だった。向こう見ずで観察眼もなく、遠目だと家に見えたのも、男を殺してから自分のライトで照らすと、ただの小屋だった。
 男の死体をどうするか考え抜いた挙句、地面に埋めて、倉庫に横倒しになっていた掲示板を立てた。なぜそこに掲示板があるのかはさておき、死体が埋まっているという違和感は、自分の中ではかなり薄れた。小屋は雨風を凌ぐぐらいなら何とかなりそうで、トタンの隙間を埋めたり、小屋の床に散ったゴミを足でどかしている内に、夜が明けかけていた。これだけの作業を深夜にこなしたのだから、なかなか大したものだと、自分で感心したのを覚えている。
 もう一日過ごして、ここは立ち去る。そう決めて小屋を整理し、本当にその通りにした。犯行現場に戻ったのは二週間後で、掲示板の板に絵馬が括りつけられていた。どこから現れたのか最初は分からなかったが、雨漏りを塞ぐために位置を変えたトタンの屋根の下にカゴが置きっぱなしになっていて、その中に大量に絵馬が入っていることに気づいた。願掛けをする場所だと思って、誰かが何かを書いていったのだ。
『悟志が志望校に合格しますよう』
 達筆で書かれていて、思わず微笑んだのを覚えている。おれには助けようがないが、その字の雰囲気から察するに、本気なのだろう。ダメ押しなのか、到底届きそうにないのか、その辺の塩梅は分からなかったが、切実なのは伝わった。
『受かったらいいな』
 頭の中でそう呟いたのを覚えている。おれには、犯罪歴しかない。誰にも負けない自信があるとしたら、頭に血が上ったときの手の早さぐらいで、そんなものは現実には何の役にも立たない。足を引っ張るだけだ。
 町で無事に住み込みの職を見つけてからも、あの小屋のことは気にかかり続けた。おれだって、ひとり殺す羽目になったとはいえ、二日住み着く形で助けてもらったのだ。
 再訪したのは、年が明けてしばらく経った辺りで、絵馬は増えていた。悟志の知り合いなのか、願掛けをした親の友達か。似たような感じで、『病気が治りますように』とか、『就職がうまくいきますように』といった内容の絵馬が増えていた。住所が書かれていて、その本気度合いに驚いたのを覚えている。見る度に、そうなるといいなと思って個人的にお祈りをしてきた。『ご自由にお取りください』と書いた看板を作って吊るし、切らさないよう絵馬を買い込んだのも、この頃だ。
 願い事が叶うのは、あの掲示板の下にランタンで顔面を破壊した男が眠っているからなのかもしれない。そう思うと、あの感じの悪い男が顔面を失ったまま夜の街を飛び回り、みんなの願いを叶えて回っているような気がして、笑えた。
 十年が過ぎて、おれは住み込みからアパート暮らしに昇格し、ようやく自分の拠点を得た。面白い絵馬が出てきたのも、その頃だった。
『対人関係が上手くいきません』
 上手くなりたいとは、書かれていなかった。おれはこの人のために何を願っていいのか分からず、困惑した。それをとりあえず板から外して、家に持って帰った。対人関係が上手くいかないのだとしたら、まずこの書き方を何とかしないといけないだろうと思い、『上手くいかないからどうしたいのかを、考えてくれ』と念じた。
 それからも、面白い絵馬は回収して、家に持って帰るようにしていた。増えすぎたのを整理するために間引いたこともあるが、半分近くは興味を惹かれたものだ。その数年後には、さらに面白い絵馬が増えていた。
『伯父の酒癖が悪く、扱いに困っています』
 願い事というよりは解決すべき問題で、その内容は具体的だった。住所からすると書いたのは駒田家で、それから二年が過ぎたとき、また新しい絵馬が括りつけられた。
『浅田昌平。すっかり元気をなくして、女子をいじめないようになってほしい』
 これも駒田家で、書いたのは娘。ちょうど居合わせたから会話も交わした。面白い願掛けだし切実だが、残念ながら助けられない。そこまで考えたとき、ふと気づいた。駒田家の『伯父の酒癖が悪く、扱いに困っています』という願いは、おれなら解決できる。
 勤め先がすぐに分かり、仕事で持ち歩いている水筒を置きっぱなしにしたところに、焼酎を足して元へ戻した。駒田家の不肖の伯父は、その日の夜に事故を起こして、シートベルトをしていなかったのが仇になって、死んだ。これぐらいなら、お安い御用だった.。
 その少し前に増えた『片思いのまま終わってしまった。相手の女を殺してほしい』という絵馬も、そのときは何とも思わなかったが、急に意味を成してきた。殺しは、おれの天職だ。居場所の特定に三年かかったが、車に細工をして、片思いの男と女の両方を殺すことに成功した。そして、ちょうどその『死亡事故』が記事になった日の夕方、駒田美奈の願掛けが増えていた。
『伊吹寧音が仕事を続けられなくなりますように』
 同級生のことだろうが、仕事が何を指すのか、最初はよく分からなかった。それが何か分かったのは二週間が経った辺りで、ちょうど掃除をしている最中に、伊吹寧音本人が現れたときだった。
『ここで願ったことは叶うって、本当なんですか。知り合いの人、それで死んだから』
 あんなに勢いよく話しかけられたのは、初めてだった。伊吹は、親戚づてに噂を聞いていたらしく、おれが持っている箒にも構わず早口で話し続けた。学校に隠れて芸能活動をしていて、その写真をSNSにばら撒かれたという事情を聞いて、『仕事を続けられなくなりますように』と駒田美奈が書いた意味を理解した。話し終えた伊吹はすごい勢いで絵馬をひとつずつひっくり返し、駒田が書いた一枚を見つけて引きはがすと、地面に叩きつけた。
『やっぱり、あの子やったんや』
 おれが絵馬を回収すると、その手にすら噛み付きそうな顔で、伊吹は続けた。
『私は、あの子が誰にもいじめられんように、めっちゃ気使ってたのに。なんでよ?』
 その疑問に答えが出ないことに気づいたのか、伊吹は静かになった。やり場のない怒りは、よく分かる。冷静さを取り戻した声は、低い唸り声のように聞こえた。
『これ、叶うんじゃないですよね。あなたが叶えるんですよね?』
 半分は正解だ。でも、この絵馬に関しては、おれは何もしていない。駒田美奈は、願掛けに頼るのを待ちきれずに、自分の手で写真をばら撒いたんだろう。おれは首を横に振ってから、言った。
『取り返せるやろ』
 おれが人をこれだけ殺しても、普通に生きているのだから。そう続けたかったが、伊吹は一度傷がついたキャリアを取り返すのは不可能だと考えているみたいだった。
『もう、どうでもいい。一回本名が繋がったら、逃げれんし』
 まっさらな絵馬を手に取ると、伊吹は鞄の中を探って、くちゃくちゃに折れ曲がった台紙からシールを一枚剥がすと、真ん中に貼った。
『これでいいですか?』
 よろしくお願いしますという、簡素なメッセージ。
『何が?』
作品名:Vortex 作家名:オオサカタロウ