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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Vortex

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 わたしは砂利を散らさないように気をつけながら静かに歩いて、絵馬が残る板の前に立った。まだ十枚、絵馬が残されている。わたしは一歩引くと、残った絵馬の中身に目を通した。今は図太くなりすぎたのか、他の絵馬に何が書かれているのか盗み見ても、全く罪の意識を感じない。無理やり罪悪感を呼び起こそうと息を止めたとき、ふと気づいた。内容が目に入るのは、今までは裏を向けて吊られていたのが、表を向いているからだ。全部ではなく、十枚ある内の九枚が、表向きになっていた。
『志望校に無事合格しました、ありがとうございました』
『手術が成功し、快方に向かっています。ありがとうございました』
『縁あって、同僚の方と結婚することになりました。ありがとうございました』
 みんな、丁寧にお礼を書いている。絵馬のくすみ具合から見ると、右に行くほど古くなっているらしく、わたしは端の古い方から逆に読んだ。
『おとなしくなりました。ありがとー』
 これは、わたしだ。確か、ダーペーが無害に生まれ変わって数ヶ月が経ったときに、お礼を書くために再び訪れた。それから年月が経って色んな人が訪れたはずだが、筆跡から判断すると、残りの絵馬を書いたのはおそらく三人だ。古い順に追いかけていくと、『同僚の方と結婚』したのと同じ字で書かれた絵馬があった。
『悲しいですが、ひとくぎりつきました。ありがとうございました』
 車に轢かれて死んだ動物。わたしはふと思い出して、思わず瞬きした。ダーペーが元気をなくすようお願いしにきたときに見えた、隣の絵馬。確か、『片思いのまま終わってしまった』と書かれていたはずだ。そして、その続きは物騒だった。 
『相手の女を殺してほしい』
 あの字と、よく似ている気がする。だとしたら、この絵馬はひと続きだ。
『片思いのまま終わってしまった。相手の女を殺してほしい』
『悲しいですが、ひとくぎりつきました。ありがとうございました』
『縁あって、同僚の方と結婚することになりました。ありがとうございました』
 もしかすると、一枚目と二枚目の間で、この相手の女は本当に死んだのかもしれない。
 一度頭が結び付けてしまうと、どうにも離れようがなかった。他に集中すべき存在が欲しくて、わたしは裏を向いたままの絵馬に触れた。それは、二枚目と三枚目の間にあった。つまり、この絵馬の主がひとくぎりついてから、同僚と結婚するまでの間。表向きにすると、真ん中に四角い字が短く踊っていた。
『よろしくお願いします』
 直筆じゃなくて、テープ。それも、キャラクターのイラストが描かれていて、お願いごとをする感じじゃない。それを裏返したとき、砂がさらさらと滑るような音が鳴り、わたしは振り返った。くすんでいるけど、あの作務衣を着ている男の人が、白髪交じりの頭に手をやりながら頭を下げた。手に箒を持っていて、昔に少し話したときとその印象は変わっていない。わたしは会釈すると、言った。
「こんにちは。入っても大丈夫でした?」
「はい、ご自由にどうぞ。絵馬を切らしてしもて、申し訳ない」
「なくてよかったかもしれないです。わたし、お願いごとじゃなくて、お礼を言いたくて来たんです」
 気づくと、早口ですらすらと言葉が飛び出していた。作務衣の男の人は何時間でも聞いてくれそうな柔らかい表情で、何度も小さくうなずいた後、十分な間が空いたことを確認したみたいに大きくうなずくと、言った。
「お願いごとにも、色々ありましてねえ」
 その困ったような口調に、わたしは思わず口角を上げた。願掛けというのはある意味、結果の責任を放棄することでもある。なんとなく、そんな話をしても聞いてくれそうな気がした。
「全部、目を通されるんですか?」
「まあ、通してた。が正しいですかなあ。新しい絵馬を置くのは、やめちゃいましたからね。あ、申し遅れました、自分は今川といいます」
「駒田……、いえ、上原です」
 旧姓を名乗る癖は抜けないけど、絵馬に住所を書いてきた以上、今は駒田美奈ではなく、上原美奈として会話を続けたかった。わたしの目から、絵馬を置かなくなった理由を知りたがっているオーラが出ていたのか、今川さんは場を仕切り直すように小さく咳ばらいをすると、言った。
「お願いごとには、限りがないんですよ」
「分かります。解決してしまうと、癖になるというか。うちのおじいちゃんも……」
 その続きは、なんだったっけ。リウマチが治ってから、おじいちゃんはあちこち自分の足で行くようになった。バスに乗っていたとき、事故で急ブレーキがかかって前に飛ばされ、他の人の下敷きになって足の骨を折った。わたしは中学生だったけど、家族が『歩けるようになりますように』と祈らないのは、分かっていた。何故なら、もう歩けないということが分かっていたから。
 わたしが頭の中にひきこもっていると、今川さんが後を引き取るように言った。
「叶わんなら、結局は自分でなんとかせなあかんわけで」
「わたしは、そのタイプです。昔はそうでもなかったけど。自分で叶えるものってことが分かって、ようやく願掛けから解放されたっていうか。今は、自分の力でなんとかしてるって、言える気がするんです」
 早口で言い切ると、今川さんは箒を支える手を動かして、目を伏せた。わたしは思わず頭を下げた。
「掃除の途中でしたよね、すみません」
 今川さんは首を横に振って否定しながらも、地面に浮いた砂をさらさらと掃き始めた。わたしは細い山道を戻って、車に戻った。ここを最後に訪れたのは、十五歳のとき。つまり、十三年振りだ。
 今川さんに言い切ったのは、確かな本音だ。何でも自分で勝ち取らないといけないと思っている。顔や愛嬌で得をするのは、好きじゃない。
 だからこれで、自分は今までやってきたことを全て肯定できる。
 坂井先生が言っていたように不器用なのは、間違いない。でも、坂井先生は、その続きに気づいていなかったように思える。
 わたしは不器用なだけでなく、自分よりも器用な人間にもまた、耐えられないのだと。
   
   
- 十四年前 -
 
作品名:Vortex 作家名:オオサカタロウ