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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Vortex

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「お姉ちゃん、もう来るから」
 わたしが言ったとき、長いトイレを終えた井田さんが正面入口に現れて、約束ごとなんてなかったかのようにけろっとした顔でカオリの手を引くと、わたしに会釈だけして帰っていった。まったく、意地の悪い姉だ。ひとりで怖がりながら帰ればいいって、思ってたんだろう。
 美人な分、酷い目に遭って損をしろということなのか。
 わたしは家までの帰り道を歩きながら、考えた。本当に真っすぐ家に帰ってしまって、いいのだろうかと。このまま『閻魔神社』に行ったとしても、ちょっとした寄り道レベルですぐに帰れる。
 おじいちゃんはリウマチが嘘のように楽になって、ピンピンしている。駒田家では、あの願掛けが効いたと持ちきりだ。『マシになっただけやけど、違うわあ』と言って、おじいちゃんも嬉しそうだった。
 わたしは気づくと、神社に続くつづら折りの道に足を踏み入れていた。しばらく歩いたら右手に細い砂利敷きの小道があって、一段低くなったところに閻魔神社がある。ひとりで来るのは初めてだったけど、小道の手前にある駐車場には車が一台もいなくて、なんとなくホッとした。
 いいことが叶うなら、逆もいけるのだろうか。
 どことなく、やましい。もちろん、カオリのためになればいいと思う気持ちが大半だけど。わたしだって、あいつの相手をこれ以上したくないのだ。水気のある砂利を踏みながらしながら中へ入ると、こじんまりした石畳の先に絵馬の並ぶ大きな板があった。砂がさらさらと舞うような音が聞こえてきて、わたしは急いで絵馬が置いてあるトタンの下に駆け寄った。一枚しかない。心拍数が跳ね上がり、それを手に取ると、石で造られた椅子の上に腰掛けて、学校で使っているカラーペンを取り出した。
『ラスイチ、ラッキー。ダーペー』
 本名を書かないと意味がないことに気づき、わたしはカッコ書きで『浅田昌平』と書き足した。問題は続きだ。わたしはあいつに、どうなって欲しいんだろう。しばらく考えた後、ようやく続きを書いた。
『浅田昌平。すっかり元気をなくして、女子をいじめないようになってほしい』
 署名代わりに自分の住所も忘れなかった。念を込めながら、他の絵馬が並ぶ板の前まで歩き、余っている紐を穴に通して結び付けた。他の絵馬が引っ張られて表を向き、わたしはその内容を横目で見た。
『片思いのまま終わってしまった。相手の女を殺してほしい』
 何年も前、車に轢かれた動物の死体を見てしまったことを、思い出した。それまで景色の一部だったはずなのに、死んだ自分こそが主役だと言わんばかりに、全部持って行ってしまう。人の死を願うなんて、すごいことを書くんだな。
 砂がさらさらと舞うような音。それが少しずつ近くなってきて、わたしは振り返った。紺色の作務衣を着た大柄な男の人が箒を持っていて、ぺこりと頭を下げた。わたしは同じように一礼すると、言った。
「あ、ども……。おじいちゃんのことは、ありがとうございました」
 作務衣の男の人は首を傾げたけど、すぐに思い当たったようで、にこりと笑った。七福神みたいに目が細くて、背が高いのに威圧感が全くない。わたしに一礼すると、男の人は言った。
「良かったです。お大事になさってください」
「わたしの願いはしょーもないんで、忘れてください」
 そう言うと、わたしは急ぎ足で神社から出て、帰りは走った。掃除をしているなんて、全然気づかなかった。他の絵馬をチラ見したこともバレてるのだろうか。顔が熱くなって、晩御飯のときに絶対に言おうと思っていたのに、お父さんとお母さんには結局言い出せなかった。
 二週間が経ち、わたしが絵馬のことを忘れかけた辺りで、林間学校が無事開催された。二泊の旅程が終わって、次の日。撮影を終えて登校してきた寧音が、ぽかんとした感じで言った。
「ダーペーは?」
 浅田昌平は、みんなで同じ鍋を食べたはずなのにひとりだけ酷い食中毒になった。三日入院し、復帰したときはまだ顔が青白かった。大人しくなってくれて、女子は喜んでいたけど。もしかしてと思い、わたしは閻魔神社に行った。絵馬が少しだけ整理されていて、その順番は入れ替わっていたけど、すぐに気づいた。
 私が書いた絵馬は、なくなっていた。
 
 
- 現在 -

 ダーペーは結局、元のわんぱくに戻れなかった。
 あの、林間学校での食中毒騒ぎ。なったのがひとりだけだったから、誰かが責任を負うことはなかった。よく分からないが、何かが当たったのだ。偶然手に取った具材だけ、しっかり火が通っていなかったのか。それか、明らかに生焼けのまま何かを食べたのか。真相は分からないけど、あれだけ体格の大きかったダーペーは、復帰してからはあまり食べなくなり、その言動も落ち着き始めた。速かった足も鳴りを潜め、成長期自体がそこで終わってしまったように病気がちになった。食中毒でも酷いやつだと、ずっと何らかの不調の原因になったり、体質自体が変わってしまうことがあるらしい。
 大人になった今は、相手がどんなに嫌な人だったとしても、体を壊した以上、ありとあらゆる不満を押し殺して『お大事に』と言える。でも、小学生にはそんな社交辞令は存在しない。とは言え、もともとがお上品で大人しいクラスだったから、明確に仕返しをしたり、いじめるような同級生はいなかった。ただ静かに、ダーペーが存在しないものとして扱った。女子の間ではあだ名が薄れてその呼び名は『浅田くん』に変遷し、運動会のリレーは違う男子が名乗りを上げるようになり、給食で余ったおかずを狙うこともなくなり、その存在自体が薄くなったような感じだった。浅田くんに憑りついていた『ダーぺー』が落ちて、普通の少年に戻った。そういう見方もできるし、変に刺激して元に戻っても嫌だから、わたしは触れることなくそうっとしていた。
 土曜日の昼、わたしは実家に寄って、近くにあるレストランで昼ご飯を食べると、学校との位置関係を思い出しながらシエンタを進めた。目的地は、駒田家御用達の『閻魔神社』。山道に入って、二つ目のカーブ。その脇に目的が良く分からない広場のようなスペースがあって、そこが非公式の駐車場。そもそも神社自体が非公式で、何の看板も立てられていない。今日も他に車はおらず、行きたいと思っていても気を抜いたら通り過ぎてしまいそうだ。わたしはシエンタを端に停めると、細い山道に足を踏み入れた。入って百メートルも歩かない内に、下りの石段が現れる。記憶の通りに変化していく景色を見回しながら、わたしは神社の中へ入った。砂利は綺麗に整備されていたが、トタンの下にはもう絵馬はなく、どことなく空気が隅々まで抜けきっているというか、澄んでいるように感じた。わたしが高校から大学へと進学し、就職して今日こうやって訪れるまでの間のどこかで、ここはその役割を終えたのだ。
作品名:Vortex 作家名:オオサカタロウ