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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Vortex

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 十八時、スーパーで買い物を済ませて、十八時半までには帰宅。この先、何年経ってから振り返っても、この時期の自分がどのような人生を送ってきたのかは、鮮明に思い出せるだろう。自分の人生だからという理由だけではなくて、自分の意思でこの道を歩んでいるという意思があるから。
 寧音は、どうだったんだろう。小学校では、ブッキー、もしくはネオンちゃん。中学校に上がってからは、伊吹さん。イブと呼びたがる子もいたけど、それは格好よすぎて本人が恥ずかしがったから、定着しなかった。とにかく、色んな呼び名があった。
 他には、白崎ヒトミとか、紺野奈々とか。
 寧音には、学校以外の場所で通用する『芸名』がいくつかあった。
 気になったのは、刺されて亡くなった場所では、どう呼ばれていたのかということ。調べて判明することなのかはもう分からないけど、知りたい気持ちはある。
 中学校に上がるまでは、寧音とは本当に仲が良かったし、例え闇鍋のような雑居ビルのロビーであったとしても、あの子が最後に辿り着いた場所には違いないのだから。


- 十七年前 -
 
 新学期が始まって一ヶ月が経った。来年で卒業なんて、喜んでいいのか、もっと寂しがるべきなのか。寧音は『体調不良』で休んでいるけど、実際には泊まりがけの撮影だということを、わたしを含めた幼少期からの友達数人だけが知っている。いつか一緒においでよと誘われているが、両親がオッケーなんて言うわけがない。一度それとなく話してみたけど、『あんなんでちやほやされたかて、将来苦労するだけや。いつまでも若いわけやないしな』と言い、聞き入れてくれる余地なんて全くなかった。
 そして、クラス替えを耐え抜いて寧音と同じ教室で再会できたのは良かったけど、その嬉しさを上回るぐらいに、嫌な出来事もあった。浅田昌平、通称ダーペー。あくまで女子の間で通用する非公式の呼び名で、本人はおそらく存在すら知らない。ダーぺーはとにかく乱暴で、協調性がない。足だけがやたらと速くて、それが自信につながっているらしい。あの走り方でどうして足が速いのか分からないと、新しい担任の椎田先生は残念そうに感心していた。体格も大きく、力持ち。でも、女子数人で重いものを運んでいるときに手伝ってくれるかというとその逆で、上に乗っかって倒したりする。
 それが、五年生から同じクラスに仲間入りしたのだ。おまけに、放っておいてくれればいいのに、生徒からの人気に敏感な椎田先生が席替えをしたから、目の前の席にいる。今、この瞬間も。
「駒田、班どうするん?」
 突然振り返って、ダーペーが顔を見下ろした。巨大な首がぐるりと回っていて、何本も筋ができている。わたしは目を伏せて、無視した。寧音は、林間学校に行けない。だとしたら、誰の班になっても一緒だし、班決めで自分から声を掛ける気には、全くなれなかった。そもそも男女別なんだから、ダーペーには絶対に関係のない話だ。周りでは席がガタガタと動く音が聞こえて、仲良しグループが四人ずつ形成されつつある。自分の机が地震のように揺らされて、ダーペーが答えを待っていることに気づいたわたしは、顔を上げた。
「やめてや。なんも決めてない」
「行かんの?」
「行くけど」
「あー、ブッキーが休むからか?」
 そう言われたとき、わたしはため息をついた。本当に相手をしていられない。本人を目の前にしたらあだ名で呼べないくせに、こういうときだけ馴れ馴れしい。
「関係ないでしょ。男女で別なんやから」
 寧音がいると自動的に作られるバリアーも、わたし単独だと全く機能しない。真顔だと似ていると良く言われるけど、寧音のようにコマーシャルみたいな笑い方はできないし、あのオーラみたいなものは、そう出せるものではないと思う。
「取り残されんぞー」
 虫歯の治療痕で人造人間みたいになった前歯を見せながら、ダーペーは笑った。
「浅田くんこそ、取り残されるんちゃうの」
「おれはもう決まってる、三島と芝池がおるから」
 ちらりと二人の方向を見ると、ちょっと迷惑そうだった。その様子に安心して、わたしは言った。
「相談せんでいいん? 二人とも、浅田くんが来るん待ってそうやで」
 ダーぺーは首を横に振ったが、椎田先生から名前を呼ばれて渋々前を向いた。わたしは汗くさい圧から解放されて、息をついた。
 寧音がいないとすぐにバランスが崩れてしまうのも、どうなんだろう。
 去年、坂井先生に『不器用』だと言われたのは、答え合わせが終わって居残り補習になったのに、答えを隠して何度も問題に挑戦していたときだった。ほとんどの生徒が最後は『丸写し』で許可をもらう中、わたしは絶対にそこに甘えるのを嫌がった。褒められた気は全くしなかったのに、何故か嬉しかった。
 結局、学級委員の井田さんと同じ班に入れてもらい、放課後に二人で宿泊施設のホームページを見ていたとき、井田さんが言った。
「ダーペーの話な、昨日カオリが下校中に追いかけ回されたって、泣きながら帰ってきた」
 カオリというのは、井出さんの二歳年下の妹だ。小学三年生で、こんなことを言うと井出さんをけなしているみたいだけど、血が繋がっているとは思えないぐらいに顔立ちが整っていて、栗色の髪も相まって人形のようだ。近所でよく会うわたしには、コマにゃんという呼び名をつけて、懐いてくれている。
「ダーペーがちょっかいかけるんって、基準あるんかな?」
 わたしが言うと、井出さんは呆れたように鼻で笑った。
「そんなん、可愛い子ばっか狙うにきまってるやんか。お母さんに聞いたんやけど、面食いって言うらしいで」
 井田さんのどこか嬉しそうな口調に、自分の呼吸が浅くなっていくのがはっきり分かった。その言い方は、なんだか襲われて当然って思っているみたいだ。
「カオリちゃん、大丈夫なん?」
 わたしが言うと、井田さんは首を傾げた。
「分からん、まだ昨日の話やから」
 それでダーペーの話は終わり、わたし達はなんとなく一緒に階段を降りて、井田さんがトイレに向かったところで、わたしは強制的に手を振って『また明日ね』と言い、一時的な関係を打ち切った。そこまで一緒に付き合う必要なんてない、正面入口から出ようとしたとき、泣きそうな顔で立っているカオリちゃんと目が合って、わたしは思わず足を止めた。
「お姉ちゃん待ち?」
「メールしたけど、長くなるかもって。今日は一緒って言うたのに」
 カオリちゃんは、手に大きなストラップのついた携帯電話を握りしめていた。わたしは少しだけ膝を曲げて目線の位置を合わせると、言った。
「もう来るよ、トイレ行ってるだけやで」
「んー、遅い。大きい人は?」
「浅田くん? もう帰ってるで」
 ダーペーは、取り巻きの三島と芝池を連れてゲーセンに向かっているはずだ。
「ほんま? コマにゃん見た?」
 その大きな目に溜まった涙が夕日を跳ね返して光っているのを見ると、いい感じのことは何も言えなくなった。わたしは何度もうなずくと、カオリちゃんの栗色の頭を撫でた。
「大丈夫、見たよ」
 カオリちゃんは、ダーペーのことを本気で怖がっている。わたしも、寧音がいなくていつもの関係性が崩れているから、その気持ちはひとつまみぐらいなら分かる。
作品名:Vortex 作家名:オオサカタロウ