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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Vortex

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ー 現在 ー

 不器用だと初めて言われたのは、十歳のときだった。手先ではなく生き方の話で、そのときはたった十年でそんなことが分かるのかと思ったけど、振り返れば、担任だった坂井先生は、わたしのことをちゃんと見てくれていたと思う。
 駒田美奈、身長はクラスの真ん中ぐらい。運動神経と成績は並で、交遊関係は狭かった。思い出せば、記憶のどこに光を当てても陰キャエピソードがひとつは紛れ込んでいる。唯一目を見て話せたのは、幼稚園のころから付き合いがあった伊吹寧音。初めて名前を聞いたとき、ネオンという名前はとてもお洒落に感じた。同じぐらいの背で、並んでいるとわたしたちは双子のように似ていた。小学五年生のとき、視察に訪れた教育委員会の偉い先生たちがわたしたちのことばかりじろじろと眺めていたのを、今でも覚えている。
 それまで、先生と呼ばれる立場の人や、親戚をはじめとする大人たちから、『顔で得をしている』ということを良く言われてきたけど、突然誉め言葉に聞こえなくなったのも、この頃だったと思う。
 わたしが真面目くさった顔で文句を言うと、寧音は決まって『ほっといてもそうなってんやから、いいやんか』と言って、鏡を見ながら自分の顔にうっとりするように、目を細めていた。彼女は小学校に上がってすぐに子供服のモデルやCMの子役をやりだして、熱心な両親の後押しもあってか、どんどんその方向へ入りこんでいった。でも、学校では素顔だから、体育で短距離走なのにへばったり、算数の問題が分からなくて居残りをしたりするときは、全てが平等だった。二人とも書道が好きで、コンクールに入賞したこともあったけど、どう見ても平凡な小学生でしかなかった。
 そして、何がどうあっても、わたしと寧音は結局のところ、顔で得をしてきた。二十八歳になった今、わたしが最も嫌悪する言葉のひとつだ。
 自分が手にしたものは全てが何かの対価でないと、本当に自分で手に入れたのか分からなかったし、何か行動を起こさない限り、わたしの手の中は空っぽのままなのが正しい。いや、それが何かの対価だと分かるまでは、受け取れないよう手を後ろに引っ込めていた。
 夫は職場の同期で、同じプロジェクトを二人でやり遂げ、数えきれないぐらいに本音でぶつかり合った結果、恋人同士になって、わたしが転職したのを機に結婚まで至った。
 夫は、わたしが願掛けやお願いごとを極端に嫌う性格だと思っている。実際、星占いを見ている時間があるなら気温と天気をチェックするし、自分の星座の順位よりも、ネット通販で買った荷物がどの辺りまで配送されているかの方が重要だ。今は上原という苗字を名乗っているけれど、初めからそうだったのではないかというぐらいに、わたし達は合理的で無駄がない生活を送っている。例えば、オールインワンと耳障りのいい言葉が書かれた保湿クリームしか使わない夫に比べて、わたしの方が顔を作るのに時間がかかる。だから朝の洗い物は夫が担当。夜は、転職して以来ほとんど残業のないわたしが、インスタント専業主婦のように料理を作って、残業が多い夫を待ち構えている。お互いこの分担で揉めたことはないから、理に適っていることは証明されている。
 でもわたしは、決して願掛けとは無縁ではない。
 駒田家は基本的に神頼みで、『閻魔神社』を頼りにしていた。町の裏手に聳える山へ続く道の入口にある、廃墟のように薄汚れた神社で、時折掃除に誰かが訪れている以外は、本当に人の気配がしない場所だ。特徴はトタンの下に並べられた、空っぽの絵馬。上から吊り下げられた看板には『ご自由にお取りください』と書いてある。
 そこに願い事を書いて吊り下げると、叶う。母は『たまーに整理しはるんやけど、そのときに自分の書いたやつがなくなってたら、順番が来たってことなんよ』と言って、おじいちゃんのリウマチが治るようにお願いしていた。真面目に病院の住所を書いていて、なんだか笑ってしまったのを覚えている。おじいちゃんはしばらくして本当に退院したから、そんなに効き目があるんだと子供心に感心した。
 そんな感じで、駒田美奈は結構スピリチュアルなことを信じている子供だった。
 三人家族の駒田家は絵に描いたような仲良し一家だったけど、願い事という見えない細い糸に縛られているようで、どこか苦手だった。特に、お父さんの兄が結構めちゃくちゃな人で、この人が飲酒運転で大きな事故を起こして亡くなるまでは、正月だけお決まりのように揉めていた。寧音とは『正月特番』と言って冗談にしていたけど、夕方になってその家に戻るのはわたしだけだったから、本気では笑えていなかった気がする。
 それがいつの間にか、二十八歳だ。そして今は、朝の七時半。金曜日で、最高気温は二十二度だから上着は厚手のものを選ぶ。どうして自分が『不器用』である事実だけでなく、昔のことまで思い出すのか、その理由は、はっきりしている。ネットニュースにも上がっているし、今テレビでも報道された。スナックが立ち並ぶ雑居ビルに規制線が張られている。
『ロビーで待ち伏せし、出勤したところを襲ったとみられています』
 近くに停まっていたタクシーのドライブレコーダーに残る、金切り音のような悲鳴。まさかと思っていると、ネタバレをするように名前が表示された。悲鳴を聞いた時点でそれが誰の声か分かっていたけど、文字で見るともう逃げられなかった。
 事件が起きたのは、昨日の夜七時。
 伊吹寧音は、スナックやラウンジが闇鍋のようにひしめき合う雑居ビルの一階ロビーで、ずっとストーカー行為をしていた客に刺されて死んだ。最後に話したのは十四歳のときだけど、悲鳴の声質は変わっていなかった。
「美奈がテレビじっくり見るの、珍しいね」
 そう言うと、夫がわたしのお腹をひと撫でして、トースターからパンを取り出した。まだ体に何の変化もないし、そのことを証明するのは試験紙だけだ。でも、妊娠検査薬のただひとつの仕事が『妊娠の検知』である以上、あの二本の線が意味することはひとつしかない。もうすぐ、夫とわたしの世界はこの子を中心にごちゃ混ぜになって、その境界線はなくなってしまう。それまでに、願掛けとはケリをつけないといけない。そうしないと、いつまでも夫は『夫』のままだ。名前はあるのだけど、どうしても『ねえ』以上の呼び名で声を掛けられない。
「明日、車でふらっと出ていい? そのまま実家に一泊すると思う」
「おー、いいよ」
 ダメと言われたことはないし、わたしも夫がそうするのを止めたことはない。このバランスは崩れたら最後、ドミノ倒しのようにお互い依存するようになって、ひとりで何も決められなくなってしまう。だからその答えは常に肯定でなければならない。最低限、土曜日にお互い何の予定も入っていないことぐらいは、頭の中ではじき出している。
 ありがたいことに、わたしの仕事はレールに乗せられた電車のように規則正しい。朝九時に朝礼を終えて、十二時から十三時までは休憩。十七時半に退勤。半分事務で、前職のスキルを活かして技術系の穴埋めもする。楽な仕事で、正直味気ない。
作品名:Vortex 作家名:オオサカタロウ