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傀儡草紙

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08.供犠 ―ウィッカーマン―



 灰島が家を訪ねてきた。

 このエキセントリックな友人は、知り合った当時のように肩にかかる長髪をまとわりつかせ、一升瓶の首を無造作につかみ提げて玄関前に立っていた。

「いい酒が入ったんだ。久々にやろうじゃないか」

 そう言うとズカズカと上がり込み、どっかりとあぐらをかいて座り込む。コップを持ってきてやると、カポンと一升瓶を開け放ち、手酌でグイグイとやりだした。

 将来を夢見て田舎の美大に通っていた当時、最も才能に満ちあふれていたのがこの灰島だった。誰もが彼を次世代のアーティストだと確信し、彼が何かを創り出せば、それは必ず高い評価を得たものだった。
 だが、そんな彼の才能に心を折られた者も少なくなかった。ある者は嫉妬のあまり卑劣な行為を企て、ある者は荷物をまとめて故郷に帰り、果てには自ら命を絶とうとした者まで現れた。
 俺も灰島によって挫折を味わった者の一人だった。だが、俺は自身の才をそこまで信じていなかったし、心のどこかで灰島を認めていた。それが通じたのかはわからないが、灰島と俺は友人となり、40を過ぎた年になっても親交は続いていた。

 俺は冷蔵庫を開けて、何かつまみをこしらえられないかと思案する。そういえば美大時代も似たようなことをしていた。当時も押しかけてきた灰島に上がり込まれて、いろいろなことを語り合った。

 それから二十年ほど月日がたち、彼に挫折させられた俺はしがない会社員となり、この年まで家庭も持てずにさえない生活を続けている。灰島も田舎の美大はしょせん井の中だったようで、大海ではなかなか目をかけられず、俺よりも窮乏にあえぐ中で今さら引き下がれない、そんな苦しい状況だと聞いていた。

 ありものや手早くこしらえたものを灰島に出してやる。床に置かれた皿の上のそれらによって、灰島のコップを空けるペースはさらに上がっていく。
 俺はつまみの提供という一仕事を終えたので、ご相伴程度に少しだけ自分のコップに酒を入れ、豪快に飲んで食う灰島を眺めていた。

「おまえ、昔、ケルト人の血を引いてるって言ってたよな」

 俺は台所に立ちながら思い出したエピソードを一つ、切り出してみた。
 当時、この変人は確かに周囲にこのように吹聴していた。どうせ自身の才能に泊をつけるためのハッタリだろう、当時の俺はそう思ったが、最近は遺伝子検査キットで自身のルーツを知ることができるらしい。ということは、当時でも何らかの手段で調べることができたのかもしれない。
 冷静に考えれば、祖先と創り出す作品に直接の関係はない。だが、芸術家の卵として少しでも抜きん出たかった当時の俺たちは、少なからず一目を置いたものだった。
 だが、あれから長い年月がたった。もう俺たちの結果は出つつある。今さらルーツがどうのなんて誇っても仕方がない。真実を語ってもいい頃合いだろう。

「…………」

 そう思ったのだが、灰島は露骨に不機嫌な顔をする。そして、またたく間にコップを空にすると、再びなみなみと注いでグビグビと喉を鳴らし始めた。

 灰島のやつ、まだ諦めきれていないのか。確かにここから勝ち組になる可能性も0じゃない。だが、それは負けた者を絶望させないために社会が作り出した巧妙な幻想だ。おまえは今も前に進んでいると思っているかもしれないが、その実、退路がふさがれているだけなんだ。

 でも、こんなことを酔っ払いに言ったところでケンカになるだけだ。人間にはやりたいことをやる自由がある。はるか昔に諦めた俺が諦めろと言ったところで、灰島はおまえと一緒にするなとますます意固地になるに違いない。

 この話題はよろしくないと思い、ちくわにきゅうりを詰めたものを口に放り込んで少し間を取ってから、灰島に違う話題を提供した。

「最近、変な事件が起きたよな。なんでも山奥で人が焼き殺されたらしいんだが、その遺体が着ぐるみ姿だったっていうんだよ」

 灰島は表情を変えず飲み食いを続けている。この話題は灰島のお気に召したと思い、俺は自身の推理を開陳する。

「これ、わざわざ人を縛って身動きを取れなくして、その上に着ぐるみを着せてから灯油をかけて火をつけたらしいんだ」

 箸もコップも動きは止まらなかったが、灰島は明らかに俺の声に耳を傾けているようだった。

「この事件、なんかの儀式って可能性があるよな。着ぐるみっていうのが少しばかり今風だけど。これ、恐らく何かの代用なんじゃないかな」

 ここまで言い終えた途端、つまみを平らげた灰島がゴロリと横になった。かと思うと、そのまま手枕でガーガーいびきをかき出した。

 灰島の意見も聞きたかったが、もとよりこの変人は昔からこういった世間のできごとにあまり興味はない。聞いてくれただけでもいいかと思い、高いびきの中、暇つぶしにスマホを取り出した。
 ネットで情報の洪水にまみれていると、とある文章が目に入る。それはある国で行われている大きな人形を燃やす祭の説明だった。

 その祭は古代ケルト人が崇拝していたドルイド教のウィッカーマンと呼ばれる儀式を由来としており、当時は巨大な木製の人形にいけにえを閉じ込め、人形ごと焼き殺すことで供物にしていたという記録が残っているらしい。

 これらの情報を読みふけっているうちに、真実に気がついた。

 目の前でいびきをかいているこの男は、ケルト人の血を引いていることを自称していた。どういう形で灰島の家系にその血が加わったのかはわからない(もしくはウソかもしれない)が、本人がそのルーツを周りに言いふらす程度に信じていることは確かだろう。
 そんな男が今の境遇を憂いて一発逆転を狙うとすればどうするだろうか。自身のルーツであるケルトの宗教、ドルイド教に供物をささげることで、栄華を得ようと画策するのではないだろうか。

 だが、資料に残っているような巨大な人形や多人数のいけにえは彼一人では手に余る。そこで仕方なくいけにえを一人だけにし、巨大人形ではなく着ぐるみで代用したのでは。

 俺は顔を上げて灰島の酔いで熱を持った寝顔を見つめる。恐らくだがこの男は今、寝ていない。ケルト人をルーツに持つ話と着ぐるみ焼死事件の話を連続でしてしまったんだ、もうこの男は俺が疑っていると思っているし、次のいけにえをこの俺にしようと考えているはず。


 ……だが、それもいいだろう。

 お互いうだつの上がらねえ人生だ。おまえはそのドルイド教とやらを信じて、あがけるだけあがいてみろ。俺のクソまみれな人生と引き換えにおまえが成り上がれるのなら、それでいいさ。

 俺は自身が着ぐるみの中で焼かれるところを想像しながら、トイレに行くふりをして無防備に背中をさらす。

 すっと、後ろで動く気配がした。


作品名:傀儡草紙 作家名:六色塔